【百魔の主】「魔王と白糖祭」

「そういえばさ、レミューゼにはお祭りみたいな行事とかないの?」

とある昼下がり。
メレアはシャウへ〈|魔王の財布《メアーネ・リスタール》〉の行商活動報告書を渡すため、シャーウッド商会レミューゼ支部に足を運んでいた。

「結構ありますよ? レミューゼ独自のお祭りもありますし、東大陸全体で慣習的に行われる行事もあります。――あ、ここサインが抜けてます」

シャーウッド商会レミューゼ支部は二階建て煉瓦造りの建物だ。
ほかのレミューゼの家々と同じく、白を基調とした清廉な雰囲気である。
そんな建物の二階にある執務机で、シャウが受け取った報告書を一瞥したあとメレアへと返した。

「ああ、ごめん、見落としてた。……ていうかこういうの全部シャウが処理してくれてもいいんだけど」

面倒だなぁ、と小さくこぼしながらメレアが再度羊皮紙に目を通す。

「シャーウッド商会独自のものでしたらそうしますが、これは〈魔王の財布〉としての活動ですからね。こういうのは管理している者の目を通っているというのが肝要なんです。あなたも一応組織のトップなんですから、少しは慣れてください」
「はいはい」

メレアはシャウに渡された羽根付きのペンで紙面にサインを施す。我ながら下手な字だ。

「で、さっきの話の続きなんだけど」
「お祭りの話ですね。そうですねぇ……」

シャウはメレアのサインを確認して、「ホント字が下手ですねぇ……」と呟きながら羊皮紙を執務机の引き出しにしまい込む。
それから居住まいを正して、懐から取り出した金貨を器用に手の上で転がしながら考える素振りを見せた。

「どういうお祭りを所望ですか?」
「別になんでもいいけど。……ああいや、できれば食べ物系で」
「食べ物」
「甘い物が食べたい」
「マリーザ嬢に頼めばいいのでは?」

シャウが親指で金貨を上に弾きながらメレアに言った。

「ダメなんだよ……。マリーザ、俺が甘い物好きで食べすぎるの知ってるから、最近厳しいんだ」

メレアは甘い物が好きである。
昔から好きだった。
とても昔からだ。
こういう表現は自分にしかできないだろうが、いわゆる前世の段階から。
しかし、リンドホルム霊山にこもっているときはあまり甘い物が食べられなかった。
ときおり〈天竜〉クルティスタが珍しい果物や木の実などを取ってきてくれたが、それも月に一度ありつければ幸運という程度である。
そういう経緯があって、いざ下界に下りてきてから余計に甘い物に焦がれるようになった。

「ほう。まあ、どんなものでも食べ過ぎは良くないですからね。あなたの健康衛生上――あなたの場合はさして問題なさそうですが――マリーザ嬢も見過ごせないのでしょう」
「だから、名目が欲しいんだよね……!」

いつになく真剣な表情でメレアが言う。
表情は完全に子どもだ。
どうにかして甘い物にありつこうとする少年のようである。

「ふむ。――まったくないわけではないです」
「マジで!?」
「うおう」

シャウが答えると、メレアが目をきらきらさせて身を乗り出した。
シャウはその勢いにやや驚いて椅子を後ろに傾ける。

「――たしか、〈|白糖祭《ブラン・ニュール》〉というお祭りがあります。これはレミューゼと〈三ツ国〉に固有のお祭り行事です。発祥は古代レミューゼで、当時レミューゼの中心交易品だった白砂糖を讃えるお祭りですね。冬場に開かれることがほとんどで、国中が城砂糖を使った菓子や料理を出して食べ歩きをします」
「ほうほう」
「とはいえ今は必ずしも白砂糖でなければならないというわけではなく、時代とともにバリエーションが増えて、甘い物であればなんでもいいという風潮になってきています。――結構この祭り商売的にも良いお祭りなんですよね。私も白糖祭のために各地から甘味の原料を集めてあります」
「抜かりないな」
「甘味を金に錬成できる絶好の機会ですからねっ!」

シャウが金貨を握りこみながら力強く親指をあげて見せた。笑顔がまぶしい。

「と、いうわけで、このお祭りの日ならさすがのマリーザ嬢も街で甘い物を食べ歩くことを許してくれるのではないでしょうか」
「それならいけるかもしれない……!」

「それどころかマリーザ嬢が腕を振るう可能性も大いに……」とシャウはふと考え込む。

「もしそうなら少し分けてくれませんかね。あの奇天烈なメイド、完璧なメイドを謳うだけあって料理の腕は良いんですよね」

シャウの頭の中で交渉のための計算がはじまる。

「ねえねえ、それでその〈白糖祭〉はいつ開かれるの?」
「定例どおりならあと一週間ほどで」
「一週間かぁ……」
「ただ、その時々の国の状況によって前後はするようですから、ハーシム陛下に訊いてみればいいなじゃないですか? 陛下の予定と被れば、少しくらい早まるかもしれません。もともと日が決まっているわけではないので、民衆の方も前後することを見越して準備は整っているみたいですし」
「だから最近街中でお菓子の露店とかが出回ってるんだな。サルマーンが『俺の財布から金が蒸発してんだけど』って嘆いてた」
「リィナ嬢とミィナ嬢に|集《たか》られているのでしょう」

メレアとシャウは共通の友人を思って同時に祈りを捧げた。

「よし、ならちょっとハーシムのところに行ってくる」
「わかりました。――お気をつけて」

メレアはるんるんとした様子でシャウの執務室を出て行く。
シャウは二階の窓辺から商会を足早に出て行くメレアを眺めながら、ふと口角をあげた。

「いやぁ、楽しみですね」

シャウはとある重要なことをメレアに伝えていない。

「〈白糖祭〉ってちょっとした男女の行事でもあるんですよね」

〈白糖祭〉では、街中が甘い香りに包まれる以外にもちょっとしたイベントがある。
それはプレゼント。
感謝を伝えたい者に、甘い物をプレゼントするのだ。

「たしか白菓子が『愛の証』で、黒菓子が『友好の証』でしたっけ」

明確にそうではないものの、慣習的にそういう決まりごとがある。
こういうお祭りごとではよくあること。
祭りの高揚を決意の後押しに使う。

「さて、南大陸から仕入れた白砂糖を我らが〈魔王連合〉の女性陣に卸す準備をしなければ」

シャウはまた手の中の金貨を指の間で器用に転がして、楽しげな笑みを浮かべた。

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