多世界軍師物語

あなたは別の世界というものを、想像したことがあるだろうか。

◆◆◆

私は召喚師だ。
私は『別の世界』から人を召喚する能力を持った、巫女だった。
そんな私は、ある時、生まれ育った国の王様から呼び出されて、この力を国のために使うことを命じられた。
他国からの軍事介入によって衰退の著しいこの王国を救うため、他の世界からきわめて優秀な人間を呼ぶことを義務と課せられた。
ひとまず、召喚術を使うことに忌避はなかった。私はこの国が好きだったのだ。
だから、王様の命にしたがって、私は別の世界から人を召喚した。

「願うは軍師。軍事に優れた者よ、私の願いに応えたまえ――」

軍師と呼ばれる、軍略に優れた人間たちを。

◆◆◆

一人目。
私から数歩離れた地面に描いた術式陣が明滅し、術式の発動を報せる。
さらに数秒。術式の明滅感覚が短くなって、ぶうん、と振動音をはなった。

「来ます」

私の周りに控えている王国の高級官僚に、声で知らせる。官僚たちは私の顔をみて、ごくりと生唾を飲みながらうなずきを見せた。
そして、ついに術式陣の中に、うっすらと人の輪郭が浮かび上がった。その輪郭は数瞬のうちにはっきりと形を象っていって――ついに外観を呈する。

「――多連装荷電粒子砲、撃てええええええ!!」
「えっ」

腕を大きく振り下ろしながら現れたその男は、やたらに長い意味不明な言葉を大声で放ちながら、現れた。振り下ろした手が私の前にまで迫って、一本だけピンと伸ばしていた人差し指が――私の胸の先をぽちりと押し込んでいた。

◆◆◆

召喚されてすぐで大変申し訳ないと思うけれど、ひとまず、

「死んでくださあああああい!!」
「ぬおっ!! なにごとだ!!」

大きく右腕をふりかぶって、出しうる最高速度でフックをかます。目の前の金髪の男は、ぎょっとして目を丸めながらも、なかなかに素早い身のこなしで私のフックパンチを避けて見せた。――ちっ。
私のパンチを避けたあと、金髪の男はあたりをきょろきょろと見渡して、ぱちくりとまぶたを叩いてみせる。よく心情が表にでるタイプのようで、身体全体で驚嘆と混乱を表す様子は壮観だ。

「なんだ? ここはどこだ? アルビス帝国宇宙艦隊はどこへいった?」

金髪の男は最後のほうに呪文のような単語を付け加えて、私と私のまわりにいる王国官僚の顔を眺めていった。

「はて、モールズはどこへいった。モールズ! モールズはいるか!」
「あのー」
「なんだ。なぜ我が艦隊に女がいる。戦船に女は乗せるなと古代からの言い伝えがあるであろうに――」

いい加減にここがもといた世界とは違うことに気付いてほしいとも思うが、勝手に召喚しておいてそれも横暴だろう。しかたなく、一から説明をすることにした。

「落ち着いて聞いてください。ここはもといたあなたの世界ではなくて、まったく別の、異世界なのです」
「ほう、これは新しいヴァーチャル空間か? ――おい、モールズ、こんな大事な時に私に悪戯をしたな。いつの間に私の五感チップに細工をした。今の間にあのアルビスのクソどもに主砲を撃たれでもしたらどうしてくれるのだ!!」
「えいっ」

今なら殴れた気がしたので、痛みによる覚醒も狙いながら再び男を殴りつけた。一応、今度は平手だ。私の胸の先をぽちっとした罪は、ひとまず忘れることにした。

「ぐぬっ…… ぬ…… 痛みがあるな。やはり痛覚にまで細工が――」

男の頬をひとたたきしても、その頬をさする男本人はまだ現状を認めようとはしていなかった。私たちを夢かなにかのように見ているのだろうか。こちらに対する意志が感じられない。無機質なものを、興味なさ気にみるような、醒めた視線。
と、どうやって彼を覚醒させようかと私が考えていると、男からうわずった声があがった。

「――馬鹿な。疑似五感システムのスイッチが切れているだと……!? なんだ……? まさか、これは幻覚ではないのか……?」

私を見る目に色が宿った。生気の色だ。どうやら現状に対する認識が、多少生まれたらしい。ここが現実の世界であると、ほんの少し気付きはじめたようだ。

「わかっていただけましたか? 私たちは生身で、本物で、幻覚ではありません」
「――馬鹿な。馬鹿な、馬鹿な。なんだこれは。新しい帝国の転移システムか? ――私のユリシーズはどこへいった!! 私の旗艦は!! どこへいったのだ!!」

金髪の男が興奮気味に地団駄を踏みはじめる。羽織っていた白いマントが足を踏むたびに大きく揺れて、ふわふわと舞う。硬い素材の靴が召喚の間の大理石を蹴り、硬質な音を奏でた。

「どうか落ち着いてください、軍師様」
「――はあ、はあ。……軍師……軍師か。司令官とは呼ばないのだな。軍師など、久しく呼ばれていないぞ、私は――。そうか、ここはユリシーズの中ではないのだな」

なにがきっかけになるのかはわからない。どうやら私の放った軍師というフレーズで、金髪の男は現状を察知したようだった。

「はい。ここはマイラス王国。あなたの知らない異世界の――滅びかけの小さな王国です」

私は言葉を紡ぐ。
王国の現状と、世界の現状を。