【Amazon】今日のタイムセール商品!

小説を手に取って読むというハードルの高さについて考える【小説離れ】

小説を読むことの重さについて (1)

やあ、葵です。(@Aoi_Yamato_100

最近どうにも漫画ばっかり読んでいて、小説をあまり読んでいない。

けっして小説が嫌いなわけではなくて、ハマったら1日で5冊読むくらいには中毒症状を起こす。

けれど、やっぱり最近あまり小説を読んでいない。

普段は作家の立場から「こうだろう」という分析をするけれど、せっかくこうして一読者として「小説離れ」を起こしているので、今の自分の状態をできるだけ客観的に分析しておこうと思います。

あわせて『じゃあこうすればいいんじゃないか』という案も考えてみるので併せてご覧ください。

今後『自分の小説を人に読んでもらいたい』と思ったときに役に立つかなぁ、と思うので、今『自分の作品もっと読まれてェ!』と思っている人は参考にしてみてね。

わたしの作品を読んでくれている読者さんに勘違いのないように伝えておくと、けっして書くのが嫌になったわけではありません。あくまで読むのと書くのは別物で、自分で書くのは今でも好きです。

更新。
な、波があるからさ……

小説離れについて考えてみる

最初に、以前に『小説の弱み』について書いた記事が参考になりそうなので置いておきます。

書物【弱点】知ることで成長できる小説の弱みについて

さて、というわけで現在小説離れ中の葵ですが、今現時点で手元にいくつかの小説があります。

ぐいぐい読めると評判の痛快エンタメ!

映像化もした刑事モノ!

どちらも傑作と名高い作品で、紹介してもらった人からも『おもしろいよ』と太鼓判をもらっています。

でもまだあまり読み進んでいません。

ということでここから自分の状態を分析してみます。

小説には表紙をめくるまでのハードルの高さがある

本を手に持ってみてまっさきに感じることは、『小説を読む』ということの重さです。

要するに、小説を読むだけの能動的なエネルギーがないのです。

『知ることで成長できる小説の弱みについて』の記事でも書きましたが、やっぱり小説は娯楽の中でもエネルギーを要するメディアなのだと実感しています。

なんか疲れてる。
疲れてるときはなかなか自分からなにかの行動を起こせないよな。

ページをめくる。

文字を読む。

ただこれだけではあるけれど、併せて文脈を読み情景を想像するという作業は思っている以上に重労働です。

一方で、漫画は読めている現状を考えるに、視覚から一発で状況を認識できるメディアは、必要とされる労力がやはり少ないのだろうと思います。

視覚を使うことは慣れている

視覚から得た情報を脳で処理するのはほとんどの人間が常時行っていることで、かつ、人間はこの視覚から得る情報に8割がた頼っているという言説もあります。

それゆえに、やっぱり視覚から得た情報を処理するのは慣れているのかな、と。

これは完全な憶測ですが、慣れているから疲れないというのもあると思うんです。

一方で活字から文脈を読み取り、状況を理解するという工程は日常生活上そう多くはありません。

もちろん仕事上で報告書などを読むことは多くあっても、事務的な報告書には物語は込められていませんし、想像すべき情景も描かれてはいません。

文脈を理解する、という作業自体はあるかもしれないけどね。

ともあれ、この仮説を考えるのに、活字中毒者や小説中毒者の意見も聞いてみたいところ。

まあ中毒者レベルまで行くと読むことが生活の一部と化しているので『苦じゃない』という人が多いと思いますが、

  • あなたは小説を読むことを苦だと思ったことはありますか?

また、時と場合(疲れてるとき等)によってその労力レベルが変わることはありますか?

というのも併せて聞いてみたい。

ツイッターとかに投げてくれるととてもうれしい。

時間的な問題はあまり気にしていない

小説は読みきるのに時間が掛かります。

夜中におもしろい小説を見つけてしまって、結局朝まで起きてたなんて経験がある人もいるでしょう。

わたしもあります。

比較的最近読んだものだと、青木杏樹先生が書いた『ヘルハウンド』は朝4時ごろまで読んでいました。

犯罪者心理をテーマにしていて面白い&読みやすい

ヘルハウンド犯罪心理学をテーマにしたサスペンスエンターテイメント小説【ヘルハウンド】

実際、わたしはこういう夜更かしに関してはむしろバッチコイな姿勢で、おもしろいものを一刻も早く読めるところまで読みきりたいという欲望が生理的欲求に打ち克ってしまうタイプの人間です。

熱中しやすい。
そして冷めやすい。

そんなわけで、『小説を読む時間がない』というのはあまりわたしには関係ありません。

となると、やはり『おもしろい』にいたる前のプロセスで引っかかっていることになります。

表紙をめくることの重さ

小説とは、

  • 読むのにエネルギーを要する
  • 小説を読むのは疲れる

そういう意識が少なからずわたしの中にはあるのでしょう。

  1. 帯を見る
  2. 表紙に惹かれる
  3. そして表紙をめくる

この③がとにかく重い。

わたしがとにかくたくさん小説を読んでいたときは、あまりこういうことを考えませんでした。

となると、やはり慣れの問題はあると思います。

読まなくなって久しい状態だと、以前の状態に戻すのも結構困難です。

だから、もし今『超小説読んでる!』という人は、その小説筋力とでもいうべき筋肉をできるだけ維持するべきだと思います。

特に作家として活動しようと思っている人は、必須とは言わないまでも他の人の作品を読むのはとても重要なインプットになるので、小説用の筋トレを習慣化してみてください。

じゃあ小説を読むためにはどうすればいいか?

たいていのことはそうなのですが、その精神的なガードを振り切って読みはじめることが特効薬だとわかっています。

それで実際におもしろければあとはとんとん拍子でページをめくるようになります。

長年の実体験ですし、間違いないと確信しています。

じゃあそのページをめくるためになにが必要かと言われると、

  • ページをめくらせるに足る外因の存在

なのではないかと思うのです。

つまるところ、これをめくると良い体験ができると確信するに足る外部情報です。

作品外の情報も大事

わかりやすいものだとさっきの『帯』ですよね。

  1. ○○が面白いと言っている
  2. 世間で評判になっている
  3. 直木賞を受賞したから読んでみよう
  4. ランキング1位だから読んでみよう

こんな感じで作品に付随する情報はいろいろあります。

そういう人の関心を引く宣伝文句を書いたのが帯です。

この帯に惹かれて小説を手に取った、という人も少なくないでしょう。

わたしの場合はほかにも、

  • 文章がうまいと評判
  • 今売れてる
  • 最近メディアミックスしたから

など、作品を売り出したい作家としての関心もプラスであります。

こういう、作品に付随する外部情報って人にメンタルブロックを突破させる重要な要素だと改めて思いました。

極端な話、

  • これを読めば億万長者になります!

って言われたら読むもんね。

ただ外部情報は自分では操作しづらい

とはいえ外部情報は自分では操作できないものです。

あるものをあるとして受け入れるしかない。

で、ここから少し話のベクトルが変わるのですが、今のわたしのような『小説を読みはじめる気力がない』人に、なんとかページをめくってもらうためにはどうすればいいかを考えてみましょう。

小説筋がない人に小説を読んでもらうための方策

たぶんある程度『人に読んでもらうためには』を考えたことがある人なら、

  • 冒頭が大事!

というのはご存知だと思います。

実際に冒頭は大事です。

日本人の食事における白米くらい大事です。

冒頭の重要性についてはこちらも参考に!

読者を引き込む魅力的な冒頭とは小説の冒頭の書き方!読者を引き込む魅力的な書き出しとは

ですが、冒頭もまたページをめくってもらわないと読んですらもらえません。

(つらい)

ですが、ページをめくらなくても読んでもらえるものがあります。

タイトルという小説の顔

タイトルは顔

そう、タイトル(題名)です。

表紙、背表紙にも必ず書いてあるタイトル。

これはページをめくらなくても読んでもらえます。

極端な話、このタイトルが見た人に致命的なまでにぶっさされば、表紙はめくられます。

作品を読んでもらえます。

こういうふうに考えてみると、タイトルがいかに重要で、そしていかに読まれる小説の生命線であるかがわかるでしょう。

すでに一定の知名度があって、作品のタイトル以外の外部情報でページをめくってもらえる著名人でもなければ、このタイトルにすべてを懸けるくらいの心持ちが必要なのではないか。

また極端な話をすると、

  • 読むと億万長者になる本

だったら読むと思いま……

いやこれはうさんくさすぎて読まねぇな。

つまりなにが言いたいかというと本のファーストインプレッションは大事だよって話です。

読むことで『おもしろさを享受できる』という期待感が持てると良いよね。

まとめ:その小説を読むことに期待感を持たせることの重要性

そんなわけで、現在小説離れを起こしている葵大和の自己分析によると、

  1. 小説は読むのが大変という意識がある
  2. その状態で読ませるためには外部情報が大事
  3. なによりファーストインプレッションにあたるタイトル(題名)が鍵

という結論にいたりました。

いやまあなにか画期的な新しいことを言っているわけではないんだけど、やっぱり大事だねってことで。

そう考えると、最近の長いタイトルのラノベなんかもある意味理に適ってるのかな、とも思います。(あんまり好きじゃないけど)

でも、タイトルを見て、

  • 『どんな物語か』
  • 『どんな楽しさを味わえるか』

というのがわかるというのはとても重要です。

特に最近は手軽に享受できるエンタメが増えてきたので、小説のような深さが売りのメディアは、こういう手に取りやすさみたいなところをしっかりと考える必要がありそうです。

弱さを知るってのも大事だよね。
弱点だらけの人間が言うと説得力がある。
余計なお世話です。