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百魔の主/漫画版

創作研究室(カテゴリー別)
葵大和
ライトノベル作家
カドカワBOOKSから『百魔の主』というファンタジー戦記小説を刊行しています(既刊6冊)。またコミカライズ版が秋田書店のweb漫画サイト『マンガクロス』にて連載中です。執筆歴は15年。最近はブログ書いたりもしています。うんち。
出版作品(小説/カドカワBOOKS)

百魔の主/葵大和

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【百魔の主/特別SS】魔王と白糖祭【バレンタインデー企画】

「そういえばさ、レミューゼにはお祭りみたいな行事とかないの?」

 とある昼下がり。
 メレアはシャウへ〈魔王の財布〉の行商活動報告書を渡すため、シャーウッド商会レミューゼ支部に足を運んでいた。

「結構ありますよ? レミューゼ独自のお祭りもありますし、東大陸全体で慣習的に行われる行事もあります。――あ、ここサインが抜けてます」

 シャーウッド商会レミューゼ支部は二階建て煉瓦造りの建物だ。
 ほかのレミューゼの家々と同じく、白を基調とした清廉な雰囲気である。
 そんな建物の二階にある執務机で、シャウが受け取った報告書を一瞥したあとメレアへと返した。

「ああ、ごめん、見落としてた。……ていうかこういうの全部シャウが処理してくれてもいいんだけど」

 面倒だなぁ、と小さくこぼしながらメレアが再度羊皮紙に目を通す。

「シャーウッド商会独自のものでしたらそうしますが、これは〈魔王の財布〉としての活動ですからね。こういうのは管理している者の目を通っているというのが肝要なんです。あなたも一応組織のトップなんですから、少しは慣れてください」
「はいはい」

 メレアはシャウに渡された羽根付きのペンで紙面にサインを施す。我ながら下手な字だ。

「で、さっきの話の続きなんだけど」
「お祭りの話ですね。そうですねぇ……」

 シャウはメレアのサインを確認して、「ホント字が下手ですねぇ……」と呟きながら羊皮紙を執務机の引き出しにしまい込む。
 それから居住まいを正して、懐から取り出した金貨を器用に手の上で転がしながら考える素振りを見せた。

「どういうお祭りを所望ですか?」
「別になんでもいいけど。……ああいや、できれば食べ物系で」
「食べ物」
「甘い物が食べたい」
「マリーザ嬢に頼めばいいのでは?」

 シャウが親指で金貨を上に弾きながらメレアに言った。

「ダメなんだよ……。マリーザ、俺が甘い物好きで食べすぎるの知ってるから、最近厳しいんだ」

 メレアは甘い物が好きである。
 昔から好きだった。
 とても昔からだ。
 こういう表現は自分にしかできないだろうが、いわゆる前世の段階から。
 しかし、リンドホルム霊山にこもっているときはあまり甘い物が食べられなかった。
 ときおり〈天竜〉クルティスタが珍しい果物や木の実などを取ってきてくれたが、それも月に一度ありつければ幸運という程度である。
 そういう経緯があって、いざ下界に下りてきてから余計に甘い物に焦がれるようになった。

「ほう。まあ、どんなものでも食べ過ぎは良くないですからね。あなたの健康衛生上――あなたの場合はさして問題なさそうですが――マリーザ嬢も見過ごせないのでしょう」
「だから、名目が欲しいんだよね……!」

 いつになく真剣な表情でメレアが言う。
 表情は完全に子どもだ。
 どうにかして甘い物にありつこうとする少年のようである。
 
「ふむ。――まったくないわけではないです」
「マジで!?」
「うおう」

 シャウが答えると、メレアが目をきらきらさせて身を乗り出した。
 シャウはその勢いにやや驚いて椅子を後ろに傾ける。

「――たしか、〈白糖祭《ブラン・ニュール》〉というお祭りがあります。これはレミューゼと〈三ツ国〉に固有のお祭り行事です。発祥は古代レミューゼで、当時レミューゼの中心交易品だった白砂糖を讃えるお祭りですね。冬場に開かれることがほとんどで、国中が白砂糖を使った菓子や料理を出して食べ歩きをします」
「ほうほう」
「とはいえ今は必ずしも白砂糖でなければならないというわけではなく、時代とともにバリエーションが増えて、甘い物であればなんでもいいという風潮になってきています。――結構この祭り商売的にも良いお祭りなんですよね。私も白糖祭のために各地から甘味の原料を集めてあります」
「抜かりないな」
「甘味を金に錬成できる絶好の機会ですからねっ!」

 シャウが金貨を握りこみながら力強く親指をあげて見せた。笑顔がまぶしい。

「と、いうわけで、このお祭りの日ならさすがのマリーザ嬢も街で甘い物を食べ歩くことを許してくれるのではないでしょうか」
「それならいけるかもしれない……!」

 「それどころかマリーザ嬢が腕を振るう可能性も大いに……」とシャウはふと考え込む。

「もしそうなら少し分けてくれませんかね。あの奇天烈なメイド、完璧なメイドを謳うだけあって料理の腕は良いんですよね」

 シャウの頭の中で交渉のための計算がはじまる。

「ねえねえ、それでその〈白糖祭〉はいつ開かれるの?」
「定例どおりならあと一週間ほどで」
「一週間かぁ……」
「ただ、その時々の国の状況によって前後はするようですから、ハーシム陛下に訊いてみればいいなじゃないですか? 陛下の予定と被れば、少しくらい早まるかもしれません。もともと日が決まっているわけではないので、民衆の方も前後することを見越して準備は整っているみたいですし」
「だから最近街中でお菓子の露店とかが出回ってるんだな。サルマーンが『俺の財布から金が蒸発してんだけど』って嘆いてた」
「リィナ嬢とミィナ嬢に|集《たか》られているのでしょう」

 メレアとシャウは共通の友人を思って同時に祈りを捧げた。

「よし、ならちょっとハーシムのところに行ってくる」
「わかりました。――お気をつけて」

 メレアはるんるんとした様子でシャウの執務室を出て行く。
 シャウは二階の窓辺から商会を足早に出て行くメレアを眺めながら、ふと口角をあげた。

「いやぁ、楽しみですね」

 シャウはとある重要なことをメレアに伝えていない。

「〈白糖祭〉ってちょっとした男女の行事でもあるんですよね」

 〈白糖祭〉では、街中が甘い香りに包まれる以外にもちょっとしたイベントがある。
 それはプレゼント。
 感謝を伝えたい者に、甘い物をプレゼントするのだ。

「たしか白菓子が『愛の証』で、黒菓子が『友好の証』でしたっけ」

 明確にそうではないものの、慣習的にそういう決まりごとがある。
 こういうお祭りごとではよくあること。
 祭りの高揚を決意の後押しに使う。

「さて、南大陸から仕入れた白砂糖を我らが〈魔王連合〉の女性陣に|卸《おろ》す準備をしなければ」

 シャウはまた手の中の金貨を指の間で器用に転がして、楽しげな笑みを浮かべた。

◆◆◆〈マリーザの場合〉◆◆◆

 【今冬の〈|白糖祭《ブラン・ニュール》〉は今週の白の曜日に執り行う】

 〈暴帝〉マリーザ=カタストロフがレミューゼ王城前に建てられた行事看板にそんな知らせを見たのは、ちょうど別の場所でメレアが商会を出たあたりのことだった。

「……」

 マリーザは今晩の夕食の買い出しのために商業区へ向かおうとして、今まさに看板に貼られた羊皮紙を見つける。

 ――〈白糖祭〉……。

 最近メレアの偏食が目につくので、野菜を中心にしようとメニューを考えていたというのに、タイミングが悪い。

 いや、だが今はそんなことはどうでもいい。

 今晩のメニューも大事だが、もっと大事な案件がこの瞬間に生まれた。

 ――白いお菓子白いお菓子白いお菓子白いお菓子。

 まずは白砂糖を買い集めなければなるまい。
 白いクリームも作らねばなるまい。
 果物も白系でいこう。

 マリーザはメレアと違って〈白糖祭〉のもう一つのイベントを知っていた。

 ――わたくしの愛を伝えるためには……。

 考える。

 ――黒曜石を漂白するほどの白い甘味が必要……!

 決断したマリーザは即座に反転。
 野菜を買いに来た足はシャーウッド商会レミューゼ支部の方向へと向かい出した。

 ――あの男ならこの祭りのために間違いなく甘味の原料を調達しているはず。

「あれ? マリーザじゃん。お前野菜買いに行ったんじゃねえの?」

 すると、通りの向こうから砂色髪をした男が近づいてきた。
 二人の幼女を肩に乗せたロリコン――〈拳帝〉サルマーンだ。

「ちょうど良いところに来ましたサルマ――ロリコンさん。今日の夕食はすべてあなたにお任せします。わたくしはこれから諸事情あって部屋にこもりますので」
「は? えっ? てかロリコンじゃねえよ! そこまで名前言ってわざわざ言い直すんじゃねえよ! ――じゃなくて急に意味わかんねえんだけど!?」
「いいから黙って任されなさい。――リィナ、ミィナ、わたくしの代わりにこの男を見張っていてくださいね。今日の夕食はあなた方の頑張りに|懸《かか》っています。ちゃんとこのロリコンが真面目に任務をこなすよう目を光らせておいてください」
「わかった!」「わかったー!」
「俺がわかる前にお前らがわかるなよ!! てかマジで俺に任せるの!?」
「では」
「また貧乏くじかぁぁぁー!」

 マリーザはサルマーンに食材をメモした紙と鞄を渡して、颯爽とその場をあとにした。

◆◆◆〈エルマの場合〉◆◆◆

 【今冬の〈|白糖祭《ブラン・ニュール》〉は今週の白の曜日に執り行う】

 〈剣帝〉エルマ=エルイーザがレミューゼ王城前に建てられた行事看板にそんな知らせを見たのは、ちょうどマリーザがシャーウッド商会に向かった数分あとのことだった。

「おいしそうな祭りだな……」

 エルマは肩に人の身体二つ分ほどの巨大なウサギをかついで、看板の文字を読んでいた。

 『なんだあのでかいウサギ』
 『最近西の方で噂になってた牛食いウサギじゃねえか?』
 『あの姉ちゃんが退治したのか。てかなんで持ち帰ってきてんだ』
 『食用ってメモ紙貼ってあるぞ』
 『しかもあの姉ちゃんよだれ垂らしてねえか。まさかあれ食うのか』

 同じく看板を見に来た民衆たちにひそひそ言われているが、エルマはさして気にしていないようだ。
 実際のところよだれは多少出ていたかもしれないが、決してウサギを食べたいがためではない。
 看板に書かれている〈白糖祭〉の内容を見て思わず垂れただけだ。

「ふむふむ、もうすぐはじまるようだな。私も何かした方がいいだろうか」

 ついに料理の練習の成果を見せるときが来たのかもしれない。
 エルマは閃いた。

「あ、エルマさん」
「ぬ」

 すると、不意に後ろから声がかかった。
 エルマがウサギを担いだまま振り返ると、そこには〈|三人組《トリオ》〉の一人、〈陽神〉ララが立っていた。

「わー、また討伐に行って来たんですか? 今回の獲物も大きいですね」
「ああ、ウサギ狩りだ。ちょっと大きいだけで蛇より楽だったぞ。剣を使うまでもなかった」

 「ちょっと……?」ララが首をかしげるがエルマはまったく気にしない。

「ところでララ、聞きたいことがあるんだが」

 首をかしげるララに、エルマが訊く。

「この〈白糖祭〉は、なにか特別な祭りなのか?」
「あー……」

 ララは三つ編みにしたオレンジ色の髪を肩にかけ直して答える。

「そうですね。ちょっと特別です。女の子が、ちょっと勇気を出しやすい日なんです」
「勇気を出しやすい日?」
「はい。実は――」

 ララはエルマの傍に歩み寄って、背伸びをしながら耳元で何かを囁いた。

「なっ――」

 直後、エルマが背負っていたウサギを取り落とす。

「うおっ」

 どしん、と大きな音が鳴って、ララが素の驚き声をあげた。

「あれ、エルマ様とララじゃん」

 そこへ、今度は少年がやってくる。
 同じく〈三人組〉の一人、〈術王〉サーヴィスだ。

「なにしてんの?」
「サーヴィス!!」
「ふぁっ!? はいっ!」

 サーヴィスはエルマから突然あがった刺すような声に、びくりと身体を震わせた。
 ぴしりと姿勢を正して、なぜか身体から闘気のようなものをもくもくと発散させているエルマを見る。

「そのウサギを星樹城へ運んでおけ。私は用ができた」
「アッ、ハイ」
「血抜きはしてあるがそのまま放っておくと内臓の匂いが肉にこびりつく。ちゃんと|捌《さば》いて保管しておくんだぞ。ではなッ!!」

 エルマが颯爽と駆けだした。
 〈|魔王の剣《メアーネ=エメリー》〉の中でも一二を争う身体能力の持ち主であるエルマの姿は、瞬く間に見えなくなる。
 その場に残されたサーヴィスとララは、くたりと地面に倒れた巨大ウサギを見てから顔を見合わせた。

「俺、こんなでかいウサギ捌いたことないんだけど」
「あたしもないわ」

 サーヴィスはひとまずウサギをその場に置いておくわけにはいくまいと思って、意を決して足をつかんだ。
 しかし、思いのほか重い。
 というか、とても持ち上げられる重さではない。

「……エルマ様、これ結構余裕で担いでたよな」
「そうね……」
「俺、男として少し情けなくなってきた」
「今回ばかりは気にしない方がいいわよ。メレア様とエルマさんはちょっと――ていうかかなり――人間離れしてるから……」

「あれー? 二人ともここで何してるのー?」

 最後にその場に〈精霊帝〉カルトがやってきて、結局ウサギは三人で担いで帰った。

◆◆◆〈アイズとリリウムの場合〉◆◆◆

「リリ、ウム」
「んー?」
「もう少しで、〈白糖祭〉、だね」
「あー、そんなのもあったわねえ」
「リリウムは、なにか、作るの?」
「面倒ねー。考え中ー」

 星樹城蔵書室。
 円形の外壁に沿って備え付けられている螺旋階段の中腹で、リリウムとアイズが本を読みながら会話をしていた。

「そういうアイズはー?」
「ちょっと、なにか作ろうかな、って」

 螺旋階段の壁沿いにも本棚がある。
 アイズは本棚の上の方に入っている赤い背表紙の本へ手を伸ばしながら、階段に座っているリリウムに言った。

「アイズ、料理とかできたっけ?」
「ん、ちょっと、だけ」
「ふーん」

 リリウムはぱらぱらと膝元の本をめくりながら、こともなげに答える。

「リリウムも、やる?」
「んー」

 リリウムが蔵書室の天井へ視線を向けながら悩むような素振りを見せた。

「あたしはいいかなぁ」
「そっ、か」

 いつものアイズならもう少し食い下がったかもしれない。
 だが、アイズはあることに気づいていて、あえて大人しく引き下がった。

「じゃあ、別々にやろう、ね」

 アイズはリリウムが隣に積んでいる読了済みの本の中に、『お菓子作り入門』というなんとも可愛らしいタイトルの本が紛れ込んでいることに気づいていた。

「いやいや、あたしは別に作ったりはしないわよ。どうせマリーザとかエルマとかが騒ぎ出すだろうし、十分でしょ」

 リリウムが自分のスカートを払って、積んであった本のタイトルを隠すのが見えた。
 アイズはそれを目の端で捉えて、くすくすと楽しそうに笑う。

「そうだ、ね」
「アイズ、笑ってる?」

 リリウムがアイズの方を振り返って、努めて平静を装うようにしながら言った。
 
「うんうん、笑って、ないよ」
「まあ、そういうわけだから、アイズも頑張ってね。――あとはあの脳筋サルと、シラディスあたりもなにか作りそうね」
「シラちゃんは、作るって、言ってた」
「なんだかんだマメよね、あの子も」

 リリウムはそう言って、積んであった本を一気に抱え込んで立ちあがる。

「じゃ、あたしはちょっと用があるから、今日はこのあたりで一旦部屋に戻るわ」
「うん。――あ」
「ん?」

 リリウムが階段を下りはじめたところで、アイズが何かを思い出したように声をあげる。

「そういえば、シャウくんが、交易品の砂糖が余ったって、今朝騒いでた、よ」
「……ふーん」
「シラちゃんとか、マリーザさんとかに、伝えてあげると、いいかも」
「そ、そうね。――その方が、いいわね」
「あと、いっぱいあると、運ぶのがつらいかもしれない、から、一緒に、行ってあげた方が、いいかも」
「そうね、一緒に運んだ方がいいわね」
「わたしは、もうちょっとここにいるから、リリウムに、シラちゃんの手伝い、お願いしてもいい?」
「もちろんよ。なら代わりに行ってくるわね」

 そう言ってリリウムはまた階段を下りはじめる。
 その足取りはどことなく軽い。
 そうして蔵書室を出て行くリリウムを、アイズは楽しそうに眺めていた。

◆◆◆〈シラディスとジュリアナの場合〉◆◆◆

「ジュリアナ、料理、できる?」
「料理、ですか?」
「うん」

 アイズとリリウムが別れたころ、星樹城の中庭ですらりと背の高い二人が会話していた。
 一人は桃色の髪と猫のような耳を持った不思議な美女――〈獣神〉シラディス。

「一応、人並にはできるつもりですが、マリーザさんなどを見ていると自信がなくなりますね」
「マリーザは、なんでもできるから。――ちょっと頭おかしいけど」

 もう一人は宝石のような水色髪を持った美しい麗女――〈魅魔〉ジュリアナ=ヴェ=ローナである。
 二人は大星樹傍の木製ベンチに腰かけて、庭先で水浴びをする鳥たちを眺めていた。

「そ、そうですね。ときおりマリーザさんは目が怖くなりますね……」
「メレア病にかかってるの」
「ほ、ほう」

 シラディスの言葉は傍から聞くと冗談のようだが、本人はいたって真面目な表情なのでジュリアナも否定はできない。
 とはいえこの城へ来てから、実際にあのメイドの奇天烈さは目にしているところなのでそもそも否定するつもりもさほどない。言葉は選んだ方がいいかもしれないが。

「んー、ジュリアナはできる、のかー」
「昔住んでいたところで少し教えてもらったことがあるくらいです。あと、シーザーにも少し教わったことがありますね」
「あのピエロ?」
「そうです」
「料理できるの?」
「あの人はとても器用でしたよ。マリーザさんと同じくらいなんでもできるかもしれません」
「ふーん」

 シラディスは悩んでいた。
 〈白糖祭〉の話を聞いてから、自分もお菓子を作ろうと決意する。だが、自分はさほど料理が得意ではない。
 かといってほかの女性陣に手を借りるのも癪だ。癪だし、気兼ねする。
 たぶん彼女たちは、今必死になってほかの女を出し抜こうと動き出しているだろうから。

 ――女の、戦い。

 はたしてこの戦いは生産的なのか。
 おそらく標的としているのは皆同じだ。
 ただその標的が、いかんせん超がつくほどの朴念仁である。
 であれば、周りがこれだけ奔走してもさして効果はないかもしれない。
 
 ――メレアは、なぁ……。

「もしかして〈白糖祭〉に関連することですか?」

 すると、ジュリアナがオパール宝石のようにきらきらとしている瞳を大きく開いてシラディスを見た。

「あ、うん……」
「……」

 一瞬、シラディスはジュリアナの虹色の瞳の中に鋭い光を見た。
 ともすればマリーザがチャンスを見つけたときの光に匹敵するものだ。

 ――あっ。

 シラディスはいまさらながらに気づいた。
 このジュリアナという女もまた、見た目にそぐわず結構|剛毅《ごうき》な女なのだ。
 メレアへの思いのぶつけようは、メレア病にかかっているマリーザと同レベルかもしれない。

「――そうですか。なら一緒に作ります?」
「えっ?」

 ――あ、れ?

 意外な答えだった。
 てっきり一人で作るのかと思った。
 シラディスは内心で首をかしげる。

「ただ、私は納得いくものができるまで寝ないので、かえってシラディスさんにはご迷惑をおかけするかもしれません。――三日くらい寝ない予定です」

 やっぱりダメだ。この女もメレア病患者だ。

「あ、う、うん。わたしは、やっぱり、一人で頑張る」
「そうですか……。では、お互い頑張りましょうね」

 この城に住む女はおかしいのが多い。
 シラディスは自分のことを棚に上げてでもそう言いたい。

 結局シラディスはリリウムがその場にやってくるまで、にこにこしているジュリアナに内心でビビり続けた。

◆◆◆〈白糖祭当日〉◆◆◆

 白糖祭当日。

 レミューゼでの白糖祭は、午前中が最も活気がある。
 たいていの場合、民たちは午前中に街中のお祭りに参加し、午後はごく個人的な|任務《ミッション》に勤しむ。
 メレアもまたその例に漏れず、前日からうきうきとして甘味の祭典を待ち望み、朝一番に街に繰り出した。

◆◆◆

「ねえシャウ、最近マリーザたちを見ないんだけどなにか知ってる?」

 メレアは、シャウ、サーヴィス、アルター、カルトを連れてレミューゼの〈お菓子通り〉を歩いていた。
 |白糖祭《ブラン・ニュール》の日にのみ現れる、甘味露店のメインストリートである。

「さあ? 私もよくわかりません」

 シャウは必死で笑いをこらえながら答える。
 答えなどとうに知っている。

 ――だってみなさん雁首揃えて私のところに来ましたからね。

 シャウ自身の仕事はすでに終えている。
 今回の商売どころは祭り当日にではなく、露店を出すための前準備の段階にあった。
 各地方から取り寄せた甘味の原料を料理人たちに卸すのがメインだ。
 結果的に商売は繁盛。
 今回もだいぶ儲かった。
 なので今日はメレアの付き添いに専念している。

 ――だってこっちにいた方が絶対おもしろいですし。

 今日は良いものが見れそうだ。
 シャウには確信がある。

「シャウさん、なんかすげえ悪い顔してますね」
「気のせいですよぅ、サーヴィス君」

 クリーム色の巻き毛を揺らしながらサーヴィスが訊いてくるが、シャウはにこにことして答える。
 
「この人、悪いこと考えてるときむしろ隠そうとしませんよね。俺、ヴァージリアから帰ってくるときからずっと思ってたんですよ」
「あ、アルターさんもそう思います?」
「あと金勘定してるときの顔が絶妙に怖いですよね。姉ちゃんも『あのキツネ野郎には深入りするな、ヤバい匂いがする』って言ってました」
「すっごく正確な見立てだと思います」

 サーヴィスがアルターと意気投合している。
 シャウはそれを受けてもなお気にする素振りもなく、再びメレアの方に向き直った。

「メレア、あなた午後はどうするのです?」
「ああ、午後は城に戻るよ。サルマーンが双子のためにお菓子作ってるみたいなんだけど、せっかくだから俺の分も作っといてくれるって。だから城に戻ってゆっくりしてる」
「はあ、ホントあのお母さんはマメですねえ」

 ――そしてさりげなく女性陣の敵になっている。

 貧乏くじを引きやすいことはいまさら問うことでもないが、あの男はそれに加えて自分から貧乏くじを引きに行くことがある。
 必ずしも運が悪いだけではない。

「ねえメレア、あっちにおいしそうなお菓子がある。精霊たちがいっぱいいるから、絶対おいしいよ」
「えっ? どれ! どれだカルト!」

 すると、メレアの袖を〈精霊帝〉カルトが引っ張りながら言った。
 カルトの周りにはいつも通り不思議な光る珠が浮いている。
 曰くそれが精霊らしいが、残念ながらカルトの周り以外に飛んでいる精霊は見ることができない。

 ――それにしてもこの二人やっぱり似てますね。

 雰囲気というかなんというか。
 不思議系でありながら妙な意志の強さを感じさせるあたり。
 メレアはカルトほどのほほんとはしていないが、やはり似通っているところはある。

「今日は私の懐が潤っているので結構サービスしますよ」
「やったー!」
「シャウ、金の精霊に好かれてるもんね」

 ――本気で言っているのかお世辞で言っているのかわからない……。

 カルトからもそんな声が飛んできて、シャウは思わず苦笑いした。

◆◆◆

 午後。
 メレアたちは白糖祭を存分に味わい尽くし、我が家である星樹城へと戻った。
 アルターが唯一の特技だという紅茶を入れてくれたので、食堂で芸術都市ヴァージリア産の骨董カップを傾けながら雑談にふける。
 来客があったのはそれから数十分経ってからのことだった。

「メレア、白糖祭は楽しんだか?」
「あ、ハーシム」

 友人宅を訪れるような気軽さで食堂に現れたのはかのレミューゼ国王〈ハーシム=クード=レミューゼ〉だった。

「せっかくの祭りだからおれもお前に菓子を持ってきた」
「一国の王が気軽に街中をうろつくなよ。祭りどきのどさくさに乗じた輩がいるかもしれないぞ」

 隣に赤銅髪の侍女アイシャを連れているものの、それ以外に護衛の姿はない。
 自国の中とはいえなかなかに豪胆だ。

「そう言うな。祭りだからこそおれも街に顔を出さねばならないのだ。この楽しげな雰囲気をものものしい護衛で濁すのも嫌だしな」

 そう言いながらハーシムはメレアの隣の椅子に腰かけた。
 対面に座っているサーヴィス、アルターの背筋はピンと伸び、どこか緊張している様子だ。
 一方でシャウはいつもどおり、カルトはハーシムが来たことにもそもそも気づいていないかのような様子で自分の周りを飛ぶ光る珠とじゃれあっている。

「ほら、チョコレートのケーキだ」
「おお」

 そんな中、ハーシムが丁寧に銀の包み紙でくるまれた菓子を机の上に置いた。
 中を開けてみるとほのかに甘い匂いがする。
 〈シャムの実〉と呼ばれる柑橘系の果物が乗ったチョコレートのケーキだ。

「さすがにおれが白い菓子をお前に渡すわけにはいかないからな」
「ん?」

 メレアはすぐさま「いただきます」と言ってケーキを口に放り込みながら、ハーシムの言葉に眉をあげた。

「ひほいはひはとなんはふぁるの?」
「呑みこんでから喋れ」
「ふぁい」

 メレアはゆっくりと味わうようにケーキを噛み、ようやく呑みこんだ。

「白い菓子だとなんかあるの?」
「ん? お前知らないのか?」

 ハーシムがきょとんと目を丸くする。
 と、そこへ、

「陛下、陛下、ここは一つ秘密のままにしておいてはくれませんかね」

 シャウが口を挟む。

「シャーウッドの」
「陛下、ここでネタばらししてしまうと心に傷を負ってしまう魔王がだいたい六人くらい――いやもうちょっといるのです。そういうわけなので、ほら、そちらのアイシャ嬢もジトっとした目を向けていますし、ここは黙秘でいきましょう」
「ふむ」

 ハーシムはいくばくか思案して、ハっと閃いたように表情を明るくした。

「なるほど、そういうことか」
「ええ、ええ、そういうことです」

 シャウが営業スマイルでうなずく。

「そうか、ならば黙っていよう。あとで結果を教えてくれ」
「一国の王にこういうのもなんですけど、陛下も結構性格悪いですよね」
「おれはおもしろそうなことにはとりあえず首を突っ込むタイプだ」

 そう言ってハーシムは椅子から立ち上がった。

「よし、なら長居は悪いな。おれは早々に退散するとしよう」
「もう帰るのか」
「ああ、ただでさえ下手を打ったからな。お前のこれからを考えるのであれば黒菓子も余計だった。これのせいでほかの甘いものが食えないともなった日にはアイシャに怒られる」
「よくわかんないけど、そうか、まあ忙しそうだから無理に止めはしないよ」
「賢明だ。ではな」

 ハーシムはそのままそそくさと食堂をあとにした。

「なんだろう。まあいいか」

 メレアは首をかしげてケーキを包んでいた銀紙を折りはじめる。

「ではメレア、私たちもここで一旦退散します。メレアはもう少しここでゆっくりしていくといいですよ」
「そうだね。サルマーンが来るかもしれないし」
「――それは余計なイベントなんですけどね」

 ほとんど聞こえないような声量でつぶやいて、シャウも椅子から立ち上がった。

「ほら、そこの馬鹿三人も行きますよ」
「はーい」
「あれ? なんか俺も一緒にされてない? 姉ちゃんこの人やっぱりヤバいよ!」
「あ、精霊行っちゃった。お昼寝かな」

 シャウは精霊を追って窓の外に飛びだして行きそうなカルトの首根っこを捕まえて、さらにサーヴィスとアルターを連れて食堂をあとにする。

 結局食堂にはメレアだけが残った。

◆◆◆〈メレアとアイズの場合〉◆◆◆

 シャウたちが去ったあと、食堂を最初に訪れたのはアイズだった。

「メレア、くん」
「あ、アイズ」

 メレアはアイズの姿に気づくや否や、嬉しげな笑みを見せる。

「最近なんか忙しそうだったね。蔵書室に行ってもいないことあったし。――リリウムもだけど」
「ちょっと、ね」

 アイズはとてとてと小さな足取りでメレアのもとへやってくる。
 すると後ろに回していた手から綺麗にラッピングがされた袋を取り出した。

「これ、あげる」
「ん? もしかしてお菓子?」
「そう、だよ」
「おお、ありがとう! 開けていい?」
「うん」

 メレアはアイズの許可をもらうとすぐに袋を解く。
 中から現れたのは三つの白い飴玉だった。

「綺麗だな。模様が入ってる」

 透き通るような飴の表面には、金や銀の模様が描かれている。
 小さいながらもとても丁寧に作られたものだ。メレアにもそれくらいはわかった。

「アイズは手先が器用なんだねえ」
「今日だけ、特別」

 アイズはわずかに頬を赤らめながら言う。
 その間にメレアが「いただきます」と言って飴の一つを口に放り込んだ。
 
「おいしい?」

 アイズが小首をかしげながら訊ねる。
 どこか不安そうな表情にも見えた。

「うん! これおいしい!」

 しかしメレアから満面の笑みと嬉々とした声が返ってきて、アイズは嬉しそうに微笑む。

「良かった」
「俺も何か用意しておけばよかったなぁ」
「ふふ、だいじょう、ぶ。お返し用意してたら、メレアくんのお財布、軽くなっちゃうから」
「さすがにそんなすぐにはなくならないよー」
「わたしの分、だけじゃないから、ね」

 アイズはころころと楽しそうに笑って、それから続けた。

「じゃあ、わたしはまた、蔵書室に戻る、ね」
「もう行っちゃうの?」
「うん。これからメレアくん、大変だと思うから」

 アイズはそう言って踵を返す。
 食堂の出入り口付近まで歩いて、ふと、メレアの方を振り向いた。

「でも、一番はもらえたから、ちょっとうれしい、かな」
「ん? なんか言った? アイズ」
「うんうん、なんでも、ない、よ」

 アイズはまた嬉しそうに笑って、ついに食堂の外へ出て行ってしまった。
 取り残されたメレアはアイズからもらった飴をなめながら、

「なんだか今日は不思議な対応が多いな……」

 また首をかしげた。

◆◆◆〈メレアとリリウムの場合〉◆◆◆

 アイズの次にメレアのもとを訪れたのは紅髪の少女、リリウムだった。

「その様子だと前に誰か来たみたいね」

 なぜかリリウムは不機嫌そうだ。
 それを察知してメレアは若干身構える。

「さっきアイズが来たよ」
「そう。……アイズなら許す」
「お、おう」

 メレアがわけのわからぬまま硬直していると、リリウムがずかずかとメレアの前にまでやってきて机の上にあるものを置いた。

「あれ? もしかしてお菓子くれるの?」
「そうよ。なんか悪いわけ」
「いやいや、全然悪くないけど」

 机の上に置かれたのはどことなく切り口が荒いイチゴのショートケーキだった。

「あんた甘いもの好きでしょ」
「う、うん、すごい好き」
「なら食べなさい」
「あ、ありがとう」
「じゃあ、あたしはこれで」
「あれ? 一緒に食べていかないの?」

 ふとメレアが訊ねる。

「あんたの分しか持ってきてないわよ」

 リリウムはまだ不機嫌そうな様子で答えた。

「じゃあ半分こする?」
「っ」

 その提案にリリウムは顔を赤くする。

「そ、その提案は、わ、悪くない――いやいやそうじゃなくてそれは全部あんたの分。だからいいの」
「そっかー」

 そう言ってメレアはケーキを口に運ぶ。

「あっ! 感想はあたしがいるところでは言わないで!」
「ん?」

 突然焦ったようにリリウムが言う。
 メレアはもぐもぐしながら首をかしげた。

「と、とにかくあたしはもう行くから! じゃ!」
「あ、うん」

 リリウムが颯爽とその場を去る。
 食堂に取り残されたメレアは、

「うん、おいしかった」

 誰にでもなくそう言って腹をさすった。

「でもそろそろ甘い物にもたれてきたぞ……」

 さすがに午前中からこうも連続で甘い物を食べてると胃に来る。
 メレアは困ったように頭をぽりぽりと掻いて、アルターが入れてくれた紅茶をずずず、と|啜《すす》った。

◆◆◆〈メレアとエルマの場合〉◆◆◆

「メレア! 暇しているか! ――そうか! 暇だな!!」
「俺が答える前に納得された」

 リリウムが食堂を去ってまもなく。
 どたどたと急いで駆けてくる足音がメレアの耳を捉える。
 〈剣帝〉エルマ=エルイーザが食堂に訪れた音だった。

「最高傑作が完成した!」
「お、おう、なんの傑作だ」
「菓子に決まっているだろう!」

 足早に食堂に入ってきたエルマは、楽しげな様子でメレアの傍にやってくると、懐から煙が立っている謎の物体を取り出した。

「お菓子……?」
「そうだ! これはうまいぞ!」

 そもそも食べ物に見えないのはどういうわけか。
 メレアは額から冷や汗が滲み出したのを感じる。

 ――なんで煙あがってるの?

 謎だ。
 手をうちわ代わりに煙の臭いを嗅いでみると、なかなかの刺激臭がした。

 ――暗殺道具かな?

「一昨日取ってきたウサギ肉と部屋に保管していたキノコも混ぜて見たのだ!」
「ほ、ほう。キノコとな」

 エルマはキノコ類をよく食べる。
 野生で生えていることがままあるから、傭兵時代によく食べていたとのことだ。
 しかしだからといってキノコの可食性にくわしいわけでもなく、霊山からの逃避行の途中でもマリーザやシャウにたびたび拾い食いを諭されていた。

「大丈夫だ、私も今回は味見をした!」

 加えてエルマの味見――毒見――はアテにならない。
 自分は〈|病神《シリル=スム》の抗体〉などがあってもともと毒物に強いが、エルマは食べ物の毒に関して地で強耐性を行く。
 天然のサバイバーである。

「ちなみにこの白い粉は……」
「白いキノコをすりつぶした! 少しぬめっているが大丈夫だ!」

 一応菓子自体は白い。
 アイズやリリウムと同じく白菓子だ。
 メレアは若干目の前の謎物体を口に運ぶのを躊躇ったが、よくよくエルマの顔を見て目の下に黒いクマがあるのを見つける。

 ――ままよ。

 メレアはそれを見て決意した。

「じゃ、じゃあいただきます」

 鼻をつまみたい衝動に駆られながら、メレアは謎の物体を口に放り込んだ。

「どうだ!? うまいか!?」
「――」

 ――なんだ。苦い……? いや辛いな。……いやちょっとしょっぱ――

「ああっ! 今度は甘い!」

 味の七変化である。
 
「そうか! うまいか!」

 うまいではなく甘いなのだが、どうやら疲れているエルマはそこのところ勘違いをしたらしい。

「う、うん」
「そうかそうか、良かった良かった」

 しかしエルマが嬉しげにうなずいていたので、それ以上問わないことにした。

「よし、ならばほかの連中にも黒い方を渡して来よう」

 ――あっ、それはやめた方が……

「お前のは特別だぞ! お前のだけ白いんだからな!」
「あ、ああ、うん、なんか知らないけどありがとう」

 白と黒に何か違いがあるのだろうか。
 そう思いながら、メレアは再びどたどたと廊下を走っていくエルマを遠い目で見送った。

◆◆◆〈メレアとシラディス(ジュリアナ)の場合〉◆◆◆

「メレア、いる?」

 エルマの次にやってきたのはシラディスだった。

「いるいる。なんか知らないけどすっごい目が冴えてる」
「なんか髪の毛の先がくるくるしてる」

 シラディスは普段着で食堂の前に立っていた。
 すらりと伸びた肢体が今日もしなやかだ。
 桃色の猫耳はぴくぴくと忙しなげに動いていて、犬のようなふさふさの尻尾はそれ以上に左右に振られていた。

「お菓子、持ってきた」
「お、ありがとう。なんか今日はみんなお菓子持ってきてくれるなぁ」

 シラディスは手に一つずつ箱を持っている。
 手のひら大だが、包装は丁寧だ。

「二つあるの?」
「ん、一個はジュリアナの」
「ジュリアナ?」

 しかし当の本人の姿は見えない。

「ジュリアナは三日徹夜してさっき倒れた」
「え? それ大丈夫なの?」
「うん、満足そうな顔してた」

 一体なにをしていたのだろうか。

 ――ジュリアナは頑張り屋だからなぁ。

 もしかしたら今度開く予定の劇のために猛特訓をしていたのかもしれない。

「だからわたしが代わりに持ってきた」
「そっか」

 シラディスから箱を受け取って中を開くと、いろいろな形に成型された白いクッキーと大福のような丸いお菓子が姿を現す。

「お、どっちもおいしそう」
「クッキーはわたしが。そのもちもちしたやつはジュリアナが作った」
「大福みたい」
「北大陸の方でよく作られるお菓子だって言ってた」

 大福らしき方を二つに割ってみると、中から赤いクリームがとろりとこぼれてくる。
 
「どっちも手間が掛かってるなぁ」
「わたしよりジュリアナの方がすごかったよ。材料から全部手作りで作ってた」

 メレアはシラディスの説明を聞きながらまずはクッキーに手をつける。

「うん、甘さ控えめですごくおいしい。それでいて素材の味が生きてるというか、深みがあるね」
「そう、よかった」

 素っ気ない答えだが、シラディスの尻尾は今まで一番激しく左右に振られている。

「で、こっちがジュリアナの」

 二つに割った大福を一気に口に放り込む。
 柔らかい食感があって、一噛みすると今度はじゅわりと中のクリームが口の中に広がる。
 甘みと酸味が絶妙にマッチしていて、とてもおいしい。

「こっちもおいしい」
「うん、ジュリアナに言っておく」
「俺からもあとでちゃんとお礼を言っておくよ」
「そうしてあげて」

 そう言ってシラディスはそそくさと踵を返した。

「もう帰るの?」
「うん。まだメレア病――じゃない、すごいのが待ってるから」

 シラディスはやや頬を染めたまま、食堂を去った。
 シラディスも疲れているのか、いつもより少しクールだ。
 しかし食堂から出るまでずっと尻尾は左右に振られていた。

「すごいのかー」

 いったんエルマの劇物で口の中がリセットされたものの、さすがにそう多く甘いものは食べられそうにない。
 シラディスの言葉に若干のおそろしさを感じながら、メレアは再び紅茶を啜った。

◆◆◆〈メレアとサルマーンの場合〉◆◆◆

 シラディスがやってきたあと、結局訪れたのはサルマーンと双子だけだった。

「さすがに俺が白い菓子をやると気持ちわりいからな。お前にはこれだ」

 サルマーンから渡されたのは珍しい黒いクリームで作られたモンブランだった。

「すごい手が込んでるな」
「どうせだからな。さほど難しくはねえよ」

 それはたぶんサルマーンだからだろう。

「栗は金の亡者んとこに良いのがあったからそれを使った。クリームも黒砂糖混ぜこんでるから本来のものほどまろやかさはねえけど、これはこれでイケるぜ」

 実際に黒モンブランはとてもおいしかった。

「双子にはなんかあげたの?」
「ああ、適当にな」
「色は?」

 これまでの仲間たちがやたらに菓子の色を気にしていたので、あえて訊ねてみる。

「色? ああ、白でも黒でもねえ、水色の氷菓子だ」
「なるほど」
「白菓子をやるとまた外道どもが変態だロリコンだと騒ぎ出す」
「それなんだけど、なんか色で意味とかあるの?」
「あ? お前知らねえのか?」

 やはりサルマーンは知っているらしい。

「うん」
「あー、そういうことか。だからあの金の亡者は周りの連中に口止めしてたんだな」

 サルマーンは「あのバカどもめ」と頭を掻きながら言っている。

「んあー、どうすっかな。……いや、ここはあえて知らさねえ方がいいか」
「んん?」
「お前、ほとぼり冷めるまで菓子の色のこと周りに聞くの禁止な。面倒なことになる。――いや、お前は知ったところでどうせ気づかねえんだろうけど」

 そう言ってサルマーンは踵を返した。
 後ろ手に手を振りながら去り際に言う。

「まあ、最後にヤバいのが待ってるだろうからせいぜいがんばれ。甘味で窒息しねえようにな」

 そう言って去るサルマーンを、メレアは首を九十度近く曲げながら見送った。

◆◆◆〈メレアとマリーザの場合〉◆◆◆

 その日の夜。
 晩餐会のあとにメレアはマリーザに呼び出された。
 マリーザは晩餐会にも顔を出していなかったのでメレアは不審がったが、ほかの面々はすでに何かに気づいているようでもあった。

 メレアが呼び出されたのはマリーザの自室である。
 異変に気づいたのはマリーザの部屋の前にやってきてからだ。

 ――匂いが超甘い。

 扉を越えてすさまじく甘い香りが鼻をつついている。
 なぜだかこの扉を越えてはいけない気がした。

「い、いや、でもな」

 しかしここのところ会っていなかったマリーザからの呼び出しだ。
 行かないわけにもいくまい。
 メレアは意を決して扉をノックした。

『どうぞ。お入りになってください』

 中からマリーザの声が返ってきて、取っ手に手を掛ける。
 どことなくマリーザの声は上ずっているようにも聞こえた。

「お邪魔します……」

 そして扉を開けると、

「うおっ、白っ」

 一面の白が、メレアの視界を覆った。

◆◆◆

 白、白、白。
 菓子、菓子、菓子。
 異様なまでの甘い香り。

「ようこそいらっしゃいました」

 メレアを迎えたのは、いつも以上に真っ白なメイド服に身を包んだマリーザだ。
 
「今日は〈|白糖祭《ブラン・ニュール》〉。わたくしなりにメレア様への思いを形にしてみました」
「白すぎる……」

 家具が菓子に置き換わっている。
 今まで何度か訪れた質素な部屋とはだいぶ違う。
 必要最小限のものしか自室に置いていなかったはずのマリーザの部屋は、白菓子の森に成り代わっていた。

「これ、すべてメレア様のために作ったものです」
「え、あ、う、うん」
「今日は特別です。全部食べていいですよ」

 「よろしければ最後にわたくしも……」マリーザがごく小さな声で言ったが、メレアの耳にはすでに届いていなかった。

 ――胃が痙攣を……。

 いかに甘い物好きなメレアでも、この量をすべて食べるのがまずいのは容易に察せられる。

「さあ、召し上がれ」

 マリーザの顔が紅潮している。
 しかし眼光が妙に鋭い。
 尋常でない様相だ。

 ――フランダー、俺は今日死ぬかもしれない。

 サルマーンの忠告が脳裏をよぎった。
 甘味に窒息しないように。
 すでに香りで窒息しそうだ。

「い、いただきます……」

 しかしメレアは引き下がるわけにはいかなかった。
 おそらくマリーザはこれのためにずっと部屋にこもっていたのだろう。
 それを考えるとメレアには逃げるという選択肢が浮かばなかった。

 結局メレアはくねくねと身体をよじらせるマリーザを横目に、気絶するまで白菓子を食べ続けた。
 メレアが甘味に窒息して気絶したころ、タイミングを見計らったかのようにシャウがやってきて、マリーザの部屋の前で一分ほど笑い転げていた。

「うおっ、なんだこの匂い! 甘すぎるだろ! てか作りすぎだろ!!」

 最終的には事態を予想してやってきたサルマーンがメレアを救出し、事なきを得る。
 メレアはそのまま自室へ搬送された。

 メレアはそれから数時間で目覚めたが、後日一週間ほどはまったく甘い物に手を出さなかったという。
 そうしてレミューゼの甘味祭〈白糖祭〉は終わりを告げた。

 ―――
 ――
 ―

◆◆◆〈エピローグ〉◆◆◆

「あれ? 姉ちゃんそんなところでどうしたの?」
「……」
「メレアさんならさっき部屋に運ばれていったけど」
「……」
「もしかして姉ちゃんも白菓子用意して――」
「う、うるせえ! 別にそんなんじゃねえから! これはお前が食え!」
「え? いいの? やったー! ありがとう姉ちゃん!」

 ザラス=ミナイラス、白菓子を渡しそびれる。
 
「く、くっそおおおー!」

 弟アルターは姉から乱暴に投げ渡された菓子の袋をキャッチし、姉が部屋へ駆けこんでいくのを見送った。

「――なんて。はあ、姉ちゃんも普段はあんななのに意外と意気地がないよなぁ。……しかたないからこれは少しの間預かっといてあげるよ」

 袋の中の菓子が日持ちするものであることを確認したアルターは、結局メレアが再び甘味に飢えはじめた一週間後にそれを渡す。

 メレアは喜んでそれを食べ、後日、直接ザラスのもとへ礼を言いに行った。

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