【百魔の主/特別SS】舞い上がれ、風と雪と、光の花【クリスマス企画】
あらすじ
2018年のクリスマス企画短編。
メレアが旅立つ前の英霊たちとのお話で、ヴァン、フランダー、セレスターが出てきます。しっとりしみじみ系。
本編
「ねえ、ヴァン。ヴァンの生まれた西大陸の方では冬に子どもにプレゼントを渡すお祭りがあったよね」
「お祭り? いや、お祭りってほどじゃねえけど――たしかにそういう風習はあるな。元は西大陸出身の聖人の誕生を祝うって名目だったらしいが、俺が生きてたころにゃすでに子どもを楽しませる日、みたいになってたわ」
「メレアにも……そういうのやってあげた方がいいよね?」
「おい、フランダー。俺が言うのもなんだがろくなことにならねえ気がする」
リンドホルム霊山山頂。
幾人もの英霊たちが未練とともに漂うそこで、とある二人の英霊が神妙な顔つきで話をしていた。
「周りの面々を見てみろ。国を救った英雄やら、とんでもねえ偉業を成し遂げた偉人やらがいるが、そういうやつらってたいていどこか常識はずれだったりするだろ」
「そ、そうかな……?」
「なにを隠そう、お前もその一人なんだよ……!」
〈術神〉フランダー=クロウと〈風神〉ヴァン=エスターだった。
「ヴァン、僕はとっても常識人だよ……?」
フランダーは霊山山頂の岩場に腰を下ろし、不思議そうな表情で隣に座るヴァンを見る。
「昔会ったときはまだマシだと思ってたが、レイラスとくっついてよけいダメになったか……!」
ヴァンは救いがたいものを見るような目でフランダーを一瞥したあと、頭を抱えた。
「レイラスも常識人だよぉ」
「セレスター! この術式バカに常識人ってのがなんなのか教えてやれ!」
「無理だ」
やや離れた場所で瞑想をしていた〈雷神〉セレスター=バルカがそっけなく答える。
「無理だってお前ぇ……」
「その小僧は術式を学びすぎたのだ。常識を入れる余地がもうない」
「さりげなく辛辣だなおいっ!」
「ヴァンもセレスターも変なことを言うなぁ」
一人ほんわかとしているフランダーをよそに、ヴァンがさらに深くうなった。
「おかしいなぁ。俺も地元じゃそこそこ破天荒なキャラだったのに、ここに来てから周りがひどすぎて相対的に常識人ポジションに収まってる気がするぜ……」
「ヴァンが常識人? あっはっは、おもしろい冗談だね」
「ぶっ飛ばしていいか?」
フランダーがおかしそうに笑う様子を見て、ヴァンが眉間にしわを寄せた。
「まあまあ。とにかくさ、メレアにもせっかくだからなにかプレゼントをしたいと思って」
「そりゃあいいがここでプレゼントできるもんなんてかぎられてるだろ。〈|未来石《フューナス》〉だってあいつもう存在を知ってるし……あとはなんだ? 俺たちが行ける場所でプレゼントになりそうなもんなんてあったか?」
「ないね。でも大丈夫。作ればいいのさ!」
「セレスター!!」
「無理だ」
「まだなにも言ってねえ!」
セレスターの淡々とした答えにヴァンはまた頭を抱える。
「フランダー? たしかにおまえは術式に関して右に出るやつがいねえほどの凄腕だ。でもおまえの発想はたいがい常識からズレてる。ズレまくってる。だからおまえが作るもんは、たぶんろくでもねえもんだ」
「大丈夫!!」
フランダーが謎の自信をみなぎらせて胸を張った。灰色の髪が楽しげに揺れる。
「ほかの英霊たちにも聞いてみるから!」
「だからそれがやべえって言ってんだよ! 誰に聞くつもりだ!」
「クレアとか、フラムとか、あとカレルとか」
「全部ダメだ! 〈土神〉も〈炎神〉も〈竜神〉も、常識外れの最たる例じゃねえか!」
「えー」
時節は冬。
リンドホルム霊山の高い山頂にはいつも雪が残っていたが、そのころはいつにもましてたくさんの雪が降っていた。
◆◆◆
「ねえフランダー。これなに?」
「僕が超気合を込めて作った封印具! 術式を三十六回重ね掛けしてある!」
「これ、プレゼント?」
「そう! それを三秒で解けるようになればひとまず合格かなぁ……」
「三秒!? ていうかプレゼントってさ、もっとこう……なに? 普通に人に喜ばれるものを渡すもんじゃない……?」
その後、タイラントから打ち込み用の新しい大岩がメレアに送られ、さらに別の英霊たちからもその能力と性格、号にちなんだ謎のプレゼントが届けられた。
「こうなると思ってたんだよ……」
唯一その事態を予測していたヴァンがため息をつく。
「しゃあねえ、俺が少しはプレゼントらしいもんをやるか……」
そう言ってヴァンが霊山山頂の広場にメレアと英霊たち全員を呼んだ。
中央に陣取ったヴァンが、両腕を軽く広げて目をつむる。
「――舞え、〈風花〉」
ふっと山頂にやわらかな風が舞った。
雪を巻き上げてきらきらと光る風。
それが徐々に集まって、あるものを象った。
「――風と雪の花だ」
きらきらと空に舞い上がっていく無数の光る風花。
その光景にメレアは思わず目を丸くする。
そしてそれからしばらくの間、言葉を発さずじっと空を見上げていた。
「きれいだねぇ」
「うん、すごくきれいだ。やっぱりヴァンはすごいなぁ」
隣に座っていたフランダーの言葉にメレアがうなずく。
周りの英霊たちも「おー」や「すげー」やら、どこか子どもっぽい感嘆の声をあげながらその幻想的な光景を見ていた。
「レイラスも見てるかな……」
ふと、フランダーがぼそりとつぶやいた。
メレアはその横顔をちらりと見て、また空に昇っていく雪と風の花を見上げる。
「きっと見てるよ」
会ったことはない。
それでも確信がある。
きっと、レイラスはこの光景をあの天の海から見てくれているだろう。
「おーい! お前ら見てるばっかでちょっとは手伝えよ! 発想がアホなだけで能力はあるだろ! 特にフランダー! 〈術神〉の号は伊達かよ?」
ふとヴァンが英霊たちのほうを振り向いて言う。
「ふふ、僕が本気出したらすごいよ?」
「知ってるよ、〈術神〉の小僧」
フランダーが立ち上がり、やれやれと肩をすくめているヴァンの隣へ向かう。
それからフランダーも天に向けて両手を掲げた。
雪と風の花の中に、フランダーが術式で生み出した色とりどりの光が入り混じる。
競い合うように派手になっていく幻想的な空の花たちを見ながら、メレアがふっとうれしげに笑ってつぶやいた。
「――絶対見てるよ、フランダー」
この西大陸の文化を見習ったプレゼントは、英霊たちがメレアと別れるまで定期的に行われた。
メレアは今でも覚えている。
「俺も、この光景を忘れない」
いつか自分が誰かのこの景色を見せたい。
そう――思った。