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百魔の主/漫画版

創作研究室(カテゴリー別)
葵大和
ライトノベル作家
カドカワBOOKSから『百魔の主』というファンタジー戦記小説を刊行しています(既刊6冊)。またコミカライズ版が秋田書店のweb漫画サイト『マンガクロス』にて連載中です。執筆歴は15年。最近はブログ書いたりもしています。うんち。
出版作品(小説/カドカワBOOKS)

百魔の主/葵大和

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【百魔の主/英霊外伝】風神と、幼き灰髪赤眼の怪物【ヴァン×幼少フランダー】

あらすじ

この外伝の前日譚は本編『百魔の主』の第137部『256年前 白金の雷神、緑銀の風神【前編】』にあたります。先にそちらを読んでからのほうがより楽しめます。

前日譚はこちら>>>https://ncode.syosetu.com/n8125cd/137/

本編

 〈雷神〉セレスター=バルカとのひょんな邂逅から数日後。

「結局後回しになっちまった」

 〈風神〉ヴァン=エスターは大陸中央を東へ向かって走っていた。

「こうなると優雅に馬車でってわけにはいかねえか」

 昨日、東大陸の北部にある〈ムーゼッグ王国〉が北方勢力との戦争状態に入ったという情報を耳にした。
 鉱石産業の盛んな北方の諸国家に対し、なかばムーゼッグが誘うようにして戦争がはじまったらしい。
 可能であれば果実酒片手にゆっくり東大陸へ向かいたいところだったが、どうにも間が悪いようだった。

 ――ムーゼッグに生まれた天才ってのはどんなもんかね。

 『六翼』を展開し、ほとんど飛ぶようにして森を行く。
 ふと、遠くに重い黒雲を傘にしたリンドホルム霊山が見えた。

「この目で見ないまま死んだら未練が残るってな」

 あのリンドホルム霊山の山頂には、強い未練を持った霊たちがいるらしい。
 実のところ何度か訪問したことがあるが、そこにいたのはたまにやってくる天竜たちくらいなものだった。

「まあ、あいつらが天才っていうからには、相当なタマなんだろう」

 実は黒国ムーゼッグに生まれた天才のうわさは彼らから聞いたのが最初だ。
 長い時を生き、天を居とする天竜たちは、どんな高名な賢者よりも見識がある。
 ともするとその感覚がマヒしていて、よっぽどのことでなければおおげさな形容はしないほどに。
 そんな彼らがムーゼッグに生まれたいまだ幼い王子を『天才』と評したとなれば、だいぶ期待が持てるというものだ。

◆◆◆

 ヴァンがムーゼッグ王国を迂回して東大陸と北大陸との国境線になっている巨大運河沿いに到着したのは、ちょうど一日後のことだった。

「ふう……やべえ、魔力使いすぎた」

 リンドホルム霊山付近からこの巨大運河まで一日で到着したと吹聴すれば、快速輸送が売りの武装商人たちも『冗談にしては質が悪い』と肩をすくめる。
 
「肩も凝った」

 だが、風の神とうたわれるヴァン=エスターに関してはそのかぎりではなかった。
 セレスター=バルカの『白雷』をまとった状態と比べると短距離の速度では敵わないが、長距離の高速移動に関してはヴァンの『六翼』術式に軍配があがる。

「――どこもかしこも戦争だらけだぜ」

 今ヴァンがいるのは運河沿いに群生した樹林地帯だった。
 気候のせいか背の高い樹がいくつもそびえるように生えていて、中でも一等背の高い樹のてっぺんに緑銀の髪をなびかせたヴァンが立っている。
 
 そんなヴァンが自分の額にかざした手の向こう側で、いくつもの術式の光が|煌《きら》めいていた。

 ――運河が防衛線か。

 向かって右に黒鎧に身を包んだ重厚な戦士の軍勢。
 左に灰色のローブを身にまとった術師の軍勢。
 両軍は運河を間に挟み、行くか引くかの攻防を繰り広げている。

「北大陸の連中の術式ってのはどうにも難解だな」

 ヴァンは術式に優れる者として式に一定の知識がある。
 どちらかといえば式を考えるより編むほうが得意なヴァンだったが、左手に見える北大陸の魔術師たちが独特な術式言語を使っていることは遠くからでもわかった。

「……ってか、ムーゼッグはどうやってあれを防いでるんだ?」

 ふとヴァンはおかしなことに気づいた。
 右手側、分厚い鎧に身を包んだ戦士で固めたムーゼッグ軍側に、術師の姿は見えない。
 基本的に術式には術式で対抗するのがセオリーだ。
 魔術師が編んだ|精緻《せいち》な術式矢は、ときに厚い鎧をものともせず人の体を貫く。

「っ」

 そこでヴァンはあることに気づいた。

 ――|い《・》|る《・》。

 たったひとり、戦場に出るにはあまりにも幼い背格好の少年が、戦士たちの軍勢の中央にぽつりと立っているのが見えた。
 
 ――……ああ。

 建前的には守られているのだろう。
 しかしあれは、逆だ。
 
「なるほど――バケモンだ」

 その少年の手から、またたく間に|数《・》|十《・》を超える個別の術式陣が広がったとき、ヴァンは真面目な顔でつぶやいた。

◆◆◆

 北方大陸の魔術師たちが、息の合った連係で術式を展開する。
 百を超える魔術師による一斉砲火を防ぐには、当然ながら同数の魔術師を使う。――本来なら。

「術式の生成速度が規格外だな」

 視界に入りきらないような横一列に展開されたすべての術式に対し、その迎撃用の術式をあの少年が編んでいる。
 それも、一瞬でだ。
 早いだけでなく、それは線の揺らめきひとつない精緻さをたたえていた。

 そしてもうひとつ、ヴァンは不思議な点に気づいた。

「同系統の術式言語?」

 北方大陸の魔術師たちが連係して編んだ巨大な術式陣。
 それに対しても同じような気軽さで迎撃用の術式が少年の手によって展開されたとき、そこに描かれる言語形態がひどく似通っていることに気づいた。

 ――まさか北方大陸生まれって言うんじゃねえだろうな。

 ムーゼッグは比較的血統というものを重視する。
 都市国家の乱立しがちな今の時代において、昔ながらの『祖国の民』という考え方にこだわるほうだ。
 それは彼らの不遇な歴史がそうさせるのだろうが、ともあれ他大陸の血をあまり混ぜ込むとは思わない。

「あ、ダメだ、確かめたくなってきた」

 ヴァンの好奇心がうずいた。
 ヴァンにはある予感があった。

「……行くか」

 魔力が少なくなっていることを自覚しながらも、自分の好奇心が抑えがたいものであることをヴァン自身知っていた。
 再び背に風の六翼を展開したヴァンは、激戦部に向かって飛翔した。

◆◆◆

 その日、いたるところで散発的に起こる|一戦《いちいくさ》に過ぎなかった戦場は、とある『神号』を持つ英雄の介入によって歴史的な邂逅の場となる。
 
 最初に〈風神〉の登場に気づいたのは、灰色のローブを着た北大陸の魔術師だった。

「――あ」

 空から天使が降りてきた。
 その魔術師は空から降ってきた緑銀髪の青年を見てそう思った。
 その術者はちょうど両軍の中間点である大運河のど真ん中に降りてきて、文字通りそこに滞空した。
 背部に展開された、暴風を閉じ込めたかのように中で荒々しく吹きすさぶ風の翼が、術者の到着と同時に戦場の熱気と大運河の水を巻き上げる。

「わりぃな。部外者だがちょっと荒らさせてもらう」

 遅れてその場にいた両軍すべての軍人が彼の存在に気づく。
 そのときには次の術式が彼の手の中で編みこまれていた。

「〈|黒風《ノトス・エウロス》〉」

 黒い風が戦場に吹く。

「弾き出せ、〈|聖エミュロスの威風《シュトルム・セント・エミュロス》〉」

 天に掲げた手のひらから、一瞬にして黒い爆風が巻き起こった。
 その男が滞空していた地点から、球状にあらゆるものが吹き飛ぶ。
 六枚の風の翼の羽ばたきによって爆風はさらに加速され、またたく間に戦場にぽっかりと空間が開いた。

「さて」

 その男――〈風神〉ヴァン=エスターはそれからなにごともなかったかのように周りを見渡し、ある一点でその視線を止めた。
 それからヴァンは、〈聖エミュロスの威風〉で周囲の護衛が吹き飛んだ中、唯一とある術式を発動させてその場に踏みとどまった少年の眼の前に一瞬で移動する。

「よう、オレ以来の天才児」
「っ」

 少年は瞬く間に目の前に現れた怪物を見て、身構えた。
 顔には警戒の色があった。

「……」

 ヴァンはその表情を見てもう一度口を開きかけたが、言葉を発することなく、代わりに再び手を空に掲げた。

「〈|聖ベルセウスの黒龍《ラーダルード・セント・ベルセウス》〉」

 精緻でありながらどこか荒々しい術式描写。
 たぐいまれな能力から編み出されたその術式を――

「ああ、やっぱお前、そういう|能力《ちから》か」

 灰髪赤眼の少年は目を輝かせてじっと見ていた。

「〈魔眼〉だな」

 そしてその少年の赤い瞳の中に、はっきりと術式の紋様が刻まれていたのを見て、ヴァンは言った。

「で、その魔眼のほかにも常識はずれな術式感覚を持ってやがる」

 少年の手の中にはヴァンが展開したものとよく似た術式が今まさに編みこまれている。
 ヴァンの目からすればまだ改善の余地のある術式だったが、見る見るうちにそれが正しい形に改変されていくさまを見て、ヴァンはとっさに自分が展開させた術式を引っ込めた。

「オレが必死こいて作った術式をそんな短時間で写されたんじゃ、オレのすごさが霞むだろうが」

 べし、と術式を解いた手をそのまま少年の頭に振り下ろす。
 灰髪赤眼の少年は打たれた頭をわけがわからないと言った様子でさすりながら、ようやく口を開いた。

「あなたは誰?」
「オレか? オレはヴァン=エスター。ちまたじゃ〈風神〉って呼ばれてる。とある聖人の末裔で、お前以上の大天才だ」
「天才……」

 少年にとってそれは耳慣れた言葉だった。
 しかし同時に、身の回りで自分以外にそう呼ぶべき者を見つけたことはなかった。

「オレは名乗ったぞ。お前も名乗れよ」

 ヴァンに顎で促され、少年は一拍置いてから答える。

「……フランダー。〈フランダー=クロウ=ムーゼッグ〉」
「そうか、フランダー。悪くねえ名だ」
「ヴァン=エスター、あなたの術式はとても美しかった」
「はっ、そりゃあそうだ。何度も言うがオレは天才だからな」

 ヴァンがわざとらしく胸を張る。

「でも、もう少しで|反《・》|転《・》させられた」

 少年は手の中に広がっていた術式を自分の顔の前に置いてじっと見つめる。

「知らない術式理論がある。どこかの地方の秘術式かな? なんとなく法則性はつかめそうだけど、図象式が内包する意味体系が難解だ。この概念さえ理解できれば、できそうなんだけど……」
「……」
「あの、ヴァン、もう一回さっきの術式を見せてはいただけませんか?」

 そのときの少年は、さきほどまでの戦場で浮かべていた表情とは全く別の、どこにでもいそうな少年の顔をしていた。
 目の中に宿るのは好奇心。
 それが年相応の眼の輝きになって外に溢れている。
 そんな少年の眼を見たヴァンの顔が、一瞬、悲しげに揺れた。

「うっせー。絶対に、嫌だ!」
「えっ!?」

 べし、と再び少年の頭にチョップを落とすヴァン。

「なんでもかんでも教えてもらえると思うなよ。ていうかここは戦場だ、学校じゃねえ。学ぶには盗むしかねえし、相手が簡単に盗ませてくれるとも思うな」
「そ、それはそうですが……」
「ていうかお前何歳だ」
「九歳です……」
「……くそがっ」

 その悪態がなにについてのものだったのかはわからない。
 しかしヴァンは悔しげな顔で一度だけそう言うと、最後に少年の頭をなでた。
 〈聖エミュロスの威風〉で吹き飛んだ黒鎧の護衛たちが、鬼気迫る表情でこちらに向かってきているのが見えた。

「お前、戦争が嫌いだろう」
「……」
「言え。今この瞬間だけはオレしか聞いてねえ」

 ヴァンが少年の頭に手をおいたまま言う。

「……はい」
「お前は学者でもやってたほうがよかった」
「でも、僕が守らなければ民が苦しみます」
「それもわかってる。オレだって『戦場の英雄』やってた人間だ。持つべき者の義務、民を守る王族としての義務、お前がどういう思いでここにいるのかも、それなりにわかってるつもりだ」

 ヴァンは最後に人差し指で少年の額を小突いた。

「だが忘れるな。お前がそういう義務に命を捧げたあとに、お前自身の幸せは残らない。さっきオレの術式を見てたお前の目を見て、オレはそう思った」

 そのとき少年の赤い瞳が揺れたことに、ヴァンは気づいていた。

「……くそ、オレらしくなく関係ない国の事情に首を突っ込んじまった。もういい、ここまで言ったからには最後まで言わせろ」
「……なんです」

 少年はいぶかしげに、それでいてどこか悔しげにヴァンの顔を見上げる。

「後悔はしていい。でも、未練を残すような生き方はするな」

 なぜだかその言葉が少年――フランダーの胸に深く突き刺さった。

「ヴァン、後悔と未練は同じ意味では?」
「はっ、かわいくねえガキだな」

 「ちげえんだよ」と小さくつぶやきながら、ヴァンはフランダーの額に当てた指で術式を発動させた。
 一陣の風が吹き、フランダーの体がふわりと浮いて後方に飛ぶ。

「リンドホルム霊山の山頂で再会することがねえよう祈ってるぜ」

 そういってヴァンは六翼を羽ばたかせ空へと舞いあがった。
 下で両軍が自分のほうを見上げ、ある者は攻撃のための術式を編み、ある者は手に持った弓矢を放とうとしている。

「……どいつもこいつも、この時代の英雄ってのは背負わされた|業《・》が深ぇな」

 最後に見た景色の中で、少年――フランダーもまた、ヴァンを見あげていた。
 どこか羨ましげに、そしてどこか、決意を固めたように。

「――死ぬなよ、フランダー」

 高空に吹いた熱のこもる風に、ヴァンの言葉はゆっくりと呑みこまれた。

 ―――
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