漫画【地獄楽】から分析する相性バトルの難しさと良い描き方

やあ、(百魔の主を書いている)葵です。(@Aoi_Yamato_100

『地獄楽』(じごくらく)は、2019年から大変人気な漫画として絶賛発売中の名作です。

かくいう私も今のところ全巻購読していますが、ふと『地獄楽9巻』を読んでいたあたりで思ったことがあります。

氣(タオ)の相性が覚えられねえ。

今回は地獄楽から相性バトルを描くことの難しさと、『じゃあどうすればもっと読みやすく出来るのか?』というのを一作家として分析してみたいと思います。
バトルものを書きたいという人には参考になるかもしれませんね。
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地獄楽から相性バトルの難しさと改善策を分析する

結論から述べると、必ずしも相性バトルそのものが難しいというわけではありません。

たいていの日本人は『じゃんけん』を知っていて、グーがチョキに勝つことは知っているし、パーがチョキに勝てないことも知っています。

だから、相性バトルそのものは、勝敗を明確に打ち出すことのできるツールとして一定の『便利さ』『わかりやすさ』を持つわけです。

しかし一方で、それをストーリー上で展開することは、ある意味もろ刃の剣でもあることを自覚せねばなりません。

相性が優先されてしまうことの弊害

単純に勝ち負けを決めるだけのジャンケンであればいいのですが、そこにストーリー的な面白さの絡む場合に関しては弊害があります。

というのも、相性という半ば絶対的な有利不利があるせいで、バトルの中にあるストーリー的な『どんでん返し』がちょっと組みづらくなるということです。

これは読者の期待感を損なう可能性を内包するのと同時に、実際にどんでん返しを見せたときのリアリティの欠如にも繋がりかねません。

  • 明らかに相性が悪い→期待感が持ちづらい
  • どんでん返し→相性の意味なくない?(なんかスッキリしない)

無論、そのどんでん返し(大逆転)に誰もが納得するようなわかりやすい理由があれば話は別です。

しかし、有利不利を最初に決めることで、最初に組んだそのロジックをなかったことにするはめにもなります。

中途半端であれば読者の納得を得られませんし、かといって大味すぎても相性を作った意味そのものが失われてしまいます。

わかりやすいけど限界はある

また、相性の相関図が多すぎるのも考え物です。

これは私個人の感覚なのですが、正直『五行』はかなりなじみづらいと感じます。

[sanko href=”https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%A1%8C%E6%80%9D%E6%83%B3″ title=”五行思想 – Wikipedia” site=”五行思想 – Wikipedia” target=”_blank” rel=”nofollow”]

地獄楽でも氣(タオ)の性質を五行思想にちなんで設定していますが、昨今のゲームで見られるような相性と違って、少しわかりづらい。

世界観との相性もあるからいかんともしがたいが……!

正直四つくらいが限界かな、と主観的に思います。

種類が増えるほどキャラクターのわかりやすさが重要になりそう

もし地獄楽のように五行思想のような五つ以上の相性を付与するのであれば、

どのキャラクターがどういう性質を持つのか

についてはキャラクターの名前や風貌を使ってかなりわかりやすくする必要があるのではないかと思いました。

火 → 名前を炎関係にする
木 → 植物が大好き
金 → 体の至る所に金属のアクセサリー
水 → 常に水がしたたってる

水だけイロモノじゃねえか。
細かいことは気にするな。

地獄楽に関しては、主人公の画眉丸(がびまる)に関しては技が炎系なのでまだわかりやすいのですが、ほかのキャラクターは各々の氣の性質に付随するわかりやすい特徴が少ないかな、という印象。

ロジカルなバトルだからこそのわかりやすさを

相性バトルそのものは『キャラクターの相性』にも派生させて登場人物の軽快なやり取りにも繋げることができる良いアイテムです。

一方で、ロジカルだからこそ読む人にわかりやすくするのも間口を広げるという意味ではとても重要だと思います。

世の中には『相性とかはいまいちよくわからないけどバトルがなんか燃える』みたいな作品もあります。

呪術廻戦はその筆頭な気がする。

[kanren id=”6383″ target=”_blank”]

ロジカルか、勢いか、いずれかに振り切るのも手

一番まずいのはロジカルなのにところどころ勢いで進めてしまうことかな、と思います。

逆に勢いでバトルを進めていたのに急にロジカルにするのも同じ。

軸がブレないことで生じる一貫性は、作中世界にリアリティを持たせてくれます。

ここが中途半端だと読者もその作品をどう読めばいいのかわからなくなるので注意。

地獄楽における氣(タオ)の難しいところ

相性バトルの難しさについてはこのくらいにして、地獄楽に関してもう一つ押さえておきたいポイントがあります。

それが氣という得体のしれない力の曖昧さです。

氣というと私なんかはとっさにドラゴンボールが出てくるのですが、まあ地獄楽においてもおおむね生命エネルギーとかそんな感じの定義で使われている印象があります。

氣が便利すぎる

氣が出てくる前までは結構はっきりと『斬れば死ぬ』みたいな時代設定にふさわしいバトルがあったのですが、氣が出てきたあたりからどうにもどこで緊張感を覚えればいいのかわからない状態になりました。

これは必ずしも氣だけが原因ではないのですが、未知の生命エネルギー的な能力が便利すぎて、『斬られれば死ぬ』という緊迫感が薄れてしまった感じがします。

これは能力バトル全般に言えるけど、便利すぎる能力だったり、輪郭の曖昧な(あるいは捉えづらい)能力は、バトルの緊張感を委縮させてしまいがち。

かくいう私も能力的なロジックを前面に出しすぎて、バトルの持つ熱量や緊迫感を損なってしまった経験があります。

たぶん今でもある。

このあたりは作者の「こういうの書きたい……!」という欲求との兼ね合いがあるので難しさは承知の上ですが、一読者としてはまた別の話なので、備忘録がてら残しておこうと思います。

結論:相性はわかりやすく、キャラクターとの相互関係を築く

主題に戻りまして、『じゃあ相性バトルを描くのに一番重要なことってなんなの?』ってことに関して。

現時点での結論を述べると、やっぱりいかにそのロジックをわかりやすく読者に提示するかだと思います。

そうなるとキャラクター性と相性の結びつきは強くするべきだし、相性の有利不利もそう簡単に覆すべきではないでしょう。

そこが揺らぐようならそもそも相性を前に押し出す意味がなくなってしまいます。

また、「これが、こうだから、こうなんだ!」というのを自信を持って説明できるような『相性や能力にまつわる設定』をこれでもかと詰めておく必要性と、そのロジックを「なにがなんでも読む人にわからせる」という思いの強さも必要かと。

覚悟とも言う。

正直、バトルそのものの面白さを前面に押し出すのでなければ、相性バトルはかなり難しい道具です。

人と人との関係性や、そのストーリー性を補完する形でバトルを差し込むのであれば、相性バトルはノイズになりかねない危険性があると思います。

漫画であればまだ絵の迫力があるのでマシですが、小説などの場合は完全に蛇足になる可能性があるのでこれからそういうのを書きたいと思う人はそれなりに覚悟して書いたほうがいいかな、と葵は愚考しました。

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