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文学部出身者がライトノベルと純文学の違いについて愚考してみる

最近は「ネット小説→ライトノベル書籍化→コミカライズ→アニメ化」みたいな大きなメディアミックスの流れがありますよね。

わたしが出版した「百魔の主」という作品も、ライトノベルといえばライトノベルだし、文芸書といえば文芸書だし、

「そもそもライトノベルとか文芸書ってなんだよ」

みたいな疑問が浮かぶラインを漂っているものと作者自身解しているところです。

ライトノベルってなんだろう?

とりあえずは、

  1. イラストがあって
  2. そこはかとない口語調で
  3. なんか若者風に作られている

こんな感じにライトノベルの特徴をあげると、ある程度は分類できるのかもしれません。

でも実はライトノベルの主な購買層って20代~30代だったりする。

まあ人によっては「ライトノベルとはこうだ」、あるいは「文芸とはこうだ」「文学とは!!」と断言できる方がいるかもしれません。

しかしわたしは、

おもしろければなんでもいいかな。

そう思っています。

純文学ってなんだろう?

わたしは大学生時代「文学部」に在籍しておりました。

当然その講義の中で、文学論や語学論、あるいはライトノベル論(おもしろかった)などを受講しました。

メインとなるのはいわゆる「純文学」と呼ばれるかつての文豪が書いたものや、芥川賞や直木賞を受賞した比較的最近の作品についてでしたが、それはそれで「なるほどなぁ」と思う先人の研究に触れてきたのです。

でも、四年間文学を勉強したわたしはこう思いました。

結局『純文学』がなんなのかわからねぇ。

そもそも純ってなんだ。

どこが純なんだ。

そう思ったわたしは、とある教授にこのことについて質問してみたことがあります。

先生、結局純文学ってなんなんですか?(なにが純なんだ教えろよコラ)

かえってきた答えはこうでした。

わたしもわからん。

衝撃でしたね。

もちろん、細かく要素を分解して定義づけていこうとすれば教授はいくらでも説明できたと思います。

しかし、一言で表すことはできないものだったんです。

自分自身で文学に触れて(たかだか四年ではありますが)、最終的に思ったのは、

分類はどうでもいいか。

でした。

もちろん、時代性や当時の社会状況をつまびらかにする研究材料としての純文学に大きな価値があることはわかっているつもりです。

ただ、ライトノベルというエンターテイメントと同列に並べたとき、物語的に面白くないものは面白くないでもいいと思います。

たまにライトノベルはバカにされることもあるけれど

なぜこんなことを書いたのかといえば、たまに「ライトノベルなんか」とバカにする人がいるからです。

少なからずライトノベルは若者が読む者として一定の認識をされていますし、表紙がイラストなのも「オタクっぽい」と揶揄されることがあります。

一方で、

  • 小説はやっぱり純文学
  • 純文学こそ面白い

みたいに謎の思考停止で純文学を称える人もいました。

じゃあお前面白さについて今ここで語ってみろよ。

そういう世間体って、書くときにノイズになります。

だからこそわたしは『おもしろいものはおもしろいで良い』と声高に言うことにしています。

もしそういう世間体を気にして、小説が書きたいけど書きはじめられないと思っている人がいたら、ちょっとでも背中を押せればなと思います。

世間体は気にするな。

自分がおもしろいと思ったものを書くのは正義だ。

そもそも長年研究をしている人でも『純文学とはなにか』を一言では答えられないのだから、純文学とか高尚な文学とかじゃなくたって、自分のおもしろいを形にしていいんだぞ!

まとめ:今のところラノベか純文学かは指標でしかない

純文学だろうがライトノベルだろうが、文芸書だろうがヘビィノベルだろうが、そこに活字による物語が込められていればそれは小説です。

そして「興味深い」「燃える」「感動する」等々、人の心が動くものであればそれは「おもしろい」ものなのではないかと思います。

おもしろければ人は「おもしろい」というし、文句言ってても読んでくれてるのであればあなたの物語の勝ちです。

だから気兼ねなく書いてみてほしい。

それでもやっぱり「ライトノベルなんて」みたいなことを言ってくるやつがいたら聞いてあげてください。

「じゃあ純文学ってどんなものなんですか?」

ワクワクした感じで聞くのがベストだ!

ちなみに個人的には「同時代性」というのが文学を研究する際に一番重要なのかな、と思っています。

文学作品というのは当時の社会状況を考察する材料としてうってつけで、人が書いているのでその人が生きた時代の影響が少なからず出るんです。

そう考えるとライトノベル作品もまた、いずれは文学作品として扱われる日が来るのかもしれないですね。