コラム

『百魔の主』の裏話をしよう【vol.1】

やあ、(誰がなんと言おうと)葵です。

ここ、葵大和という作家のブログなのに、ここだけな記事があんまりなかったので、せっかくだから自分の出版作品『百魔の主』についても書こうと思います。

まだ本編を読んでない人は読んでね!(ダイレクトマーケティング)

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書籍版のあとがきとかにもいろいろ書いたりしたけど、書籍のあとがきは結構ページ制限とか謝辞とかあってボリュームに制限があったわけです。

その点このブログというやつは、ページ数とか気にする必要がありません。(ページ数を気にしながら書くのも結構おもしろいんだけどね)

ともあれ、よくいえば奔放、悪くいえばとりとめなくなったりもするかもしれないけど、そこはご愛嬌ということで。

  • 生粋の百魔の主のファン(いつも本当にありがとう)
  • 百魔の主みたいな作品が書きたい人

そういう人にとっては、そこはかとなく楽しめたり、役に立つ記事になると思います。

ただし、『百魔の主』はいまだWebで連載中の作品なので、本編に深くかかわるような裏話はしません。あくまで、書籍版の制作秘話や、物語の本筋に関わらない程度の裏話になります。

楽しんでほしいからこそ、そこは絶対に守るから安心してくれ。
こんなところでネタバレされてもな。
このブログの記事を読んでよりいっそう本編が楽しめるようになればこのうえない。そんな感じを目指します。
本記事はこんな人にオススメ!
  • 生粋の『百魔の主』ファン
  • 『百魔の主』みたいな作品が書きたい人
  • ファンタジー作家の頭の中がみたい人

具体的にどういう経緯で『百魔の主』が本として世に出たかは、こちらの記事も参考にしてね。

ネット小説が書籍化するまでの道のり【実体験】
【実体験】ネット小説が実際に書籍化するまでの道のりをまとめてみた【小説家になろう】とあるネット小説家が実際に書籍化するまでの道のりを実体験を踏まえてご紹介します!今自分の作品を書いている人、これから書籍化を目指してがんばろうと思っている人、そんな人にちょっとでも参考になればと思いながら書いたので、ぜひ読んでみてください。...

どうやって『百魔の主』が生まれたか

記念すべき最初の1話でなにを書こうかな、と思ったのですが、おとなしく時系列順に書こうと思います。

『百魔の主』ってどんなふうに生まれたの?

この作品にはきっかけがありました。

きっかけは社会学のとある理論

わたしは当時、中学高校とおざなりにしてきた勉学に再度励もうと、人生で一番いろいろな学問に触れていました。(23歳くらいのときかな)

そんなおり、社会学の本を読んでいると、ラベリング理論という人間の行動心理の話が出てきたのです。

ラベリング理論とは

1960年代にシカゴ学派に属するハワード・ベッカー(Howard S. Becker)らによって提唱されたものである。それまでの、《逸脱行動》を単なる社会病理現象として扱ってきたアプローチとは一線を画し、《逸脱》というのは、行為者の内的な属性ではなく、周囲からのラベリング(レッテル貼り)によって生み出されるものだ、と捉えるものである。

(出典:wikipedia/ラベリング理論

ものすごく簡単にいうと、「あいつは金髪だから不良だ」と誰かが言ったのが、あたかも本当の性質かのように浸透してしまうことを指す。
周囲の社会集団の一方的な規定によって、それが勝手に決めつけられてしまうというのが肝だな。
ベッカーが著書『アウトサイダーズ』で書いた一文がそのあたりを示してくれています。

社会集団は、これを犯せば逸脱となるような規則をもうけ、それを特定の人々に適用し、彼らにアウトサイダーのラベルを貼ることによって、逸脱を生みだすのである。
(出典:アウトサイダーズ

これを読んだとき、わたしはハっとしました。

(たしかにそうかもしれない)

すべてではないけど、今も実際にそういう風潮はある。

むしろマスメディアが発達した今は、そういう大衆的な社会集団によるラベリングはひどくなっているのではないか

本人に不利な情報を並べて、あたかもその人物を悪者かのようにマスメディアが流布すれば、大きな社会集団はそれを盲目的に信じるのではないか。

実体験として共感できるもの

実際わたしは、ラベリング理論を深く勉強したわけでも、ベッカーの著書であるアウトサイダーズを熟読したわけでもありません。

けれど実体験として共感できるこの社会理論には、独特のリアリティがありました。

(今でもたくさんあるし、これって人間が集団で生きるようになってからずっとあったんだろうなぁ……)

そしてこのラベリング理論にリアリティを感じ取ったとき、『周囲の規定によって悪者(魔王)とされた者たちの、反逆と再興の物語』が頭の中にパっと閃いたのです。

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とりたてて啓蒙したかったわけではないけれど

わたしはとりたてて啓蒙がしたかったわけではありませんが、なんとなくこのラベリング理論をいろんな人に知ってもらいたいと思いました。

ですが、学問を学問のまま伝えたのではおもしろくありません。

なにより自分が勉強していてそうだったのですが、小難しい理論や体系で説明されても覚えられない。

そこで、物語に落とし込んでみることにしました。

物語が持つ力は偉大である

物語というのは、古来から人間の生活の傍にありました。

こむずかしい話も、ちょっとした小話や簡単な物語にすると、人に伝わりやすいものです。

これもまた実体験として知っていましたし、なによりわたしはファンタジーな物語を書くのが好きでした。

  • ラベリング理論を体験として知ってもらいたい
  • ファンタジーな物語として楽しませたい

この二つが合体した結果、『百魔の主』の原型が生まれました。

最初は『英雄魔王』というタイトルだった

これは完全にここだけの裏話です。

『百魔の主』は、1章を書き終えたあたりではじめてタイトルが決まった作品でした。

ラベリング理論とファンタジーが組み合わさった結果、『英雄と呼ばれた者たちが時代の変化に伴い周りから悪と規定された』という物語のほうが先行して、タイトルが決まらないままおよそ4万文字くらいが書かれました。

この段階で『百魔の主』は、以前『物語の作り方を3つのステップで解説』で説明した『誰が』『なにをする物語』で言うと、

英雄が、悪とされる物語

だったわけです。

ファンタジーで悪といえば?

英雄が悪とされる物語。

意味はわかりますが悪というのはなんだか広範な感じですね。

ファンタジーで悪っていったらなんだろう。

そう考えたとき、『魔王』という言葉が浮かびました。

当時の『小説家になろう』ではすでに廃れた感じでしたが、その前まではゲーム的な『魔王』を主役にするピカレスク小説がとても流行っていました。

ただ、わたしはあまりゲーム的な魔王が好きではなかったのです。

というかそもそも、英雄の対義語って魔王なのか?

わたしは『勇者』という言葉があまり好きではありません。

そしてこの作品ではいろんな理由で英雄から悪にされた者たちの物語を書きたかったので、唯一無二な感じのある『勇者』はそもそもとして却下でした。

英雄は英雄なんだ。いろんな行いのうえで。

だから、最初は『魔王』という言葉が正しいか判断に迷いました。

でも、そもそもとして『魔王』って、

強大でおそろしいもののことだよな。

むしろゲーム的な魔王があとから有名になっただけで、そもそも魔王という言葉の持つおそろしげな力は、ずっと昔からあったわけです。

第六天魔王とかか。
織田信長ね。わたしはシューベルトの楽曲『魔王』がまっさきに思いついたよ。

だから最終的には、『魔王』という言葉を使うことにしました。

わかりやすさという点では優秀な単語だったが……

こうして『英雄が悪とされる物語』から、『英雄が魔王とされる物語』になった『百魔の主』ですが、小説家になろうを読む層にとってはおおむね魔王はゲーム的な魔王をイメージさせます。

だから、この物語において「魔王ってなに?」というのを正直くどいくらい作中に書きました。(ちょっとやりすぎたかな、と反省もしていたりする)

どうやったらうまく伝わるか。

どうすればこれがゲーム的な魔王ではなく『百魔の主』としての『魔王』になるのか。

最初は本当に悪戦苦闘と試行錯誤の繰り返しでした。

というか、今でも難しいと思っている。

読者層の共通認識としてあるイメージを、ひとつの作品で覆すというのは、とほうもないエネルギーを必要とする作業でした。

正直、これが完璧な正解だったとは思っていません。

もっともっと探せば、わかりやすくて、かつ、ファンタジー世界の『悪』を象徴できるような言葉があったのかもしれません。

でも、今こうして読者のみなさんに読んでもらうようになってからは、『魔王』にして良かったと心から思っています。

やがてタイトルが『百魔の主』になった

そうして第一部の終わりまで書いて、そのエピローグ部分を書いているとき、自然と『百魔の主』というタイトルが浮かび上がりました。

具体的には、このシーンを書いているときですね。

未練ゆえにこの世に留まっていた百人の英霊。
その百霊に育てられた〈メレア=メア〉。

英雄になるべくして生まれた男は、その日、『魔王』と呼ばれる者たちと旅に出た。

百の英霊に育てられたメレア=メアは、このリンドホルム霊山の一件より、ムーゼッグ王国において『魔王』に認定される。
魔王に認定されると、ほかの魔王との差別化のために〈号〉をつけられた。

(中略)

のちに号制度を超え、固有の異名として〈百魔の主〉と呼ばれた男の『魔王としての生』は、そこからはじまった。

Web版『百魔の主
21話「神号をつけられた魔王」

このときのわたしの考えは、一応本編に関わってくるので深くは言及しませんが、まあ言葉のとおりです。(この時点で二つの意味が含まれている、とだけ)

でも、これが本当にぴったりなタイトルだと思いました。

今まで公開未公開を含めてまあまあな数の作品を書いてきましたが、ここまでぴったりだと思ったタイトルは百魔の主がはじめてです。

今の時代、タイトルを読んでどんな物語かわかるキャッチーなものが好まれますが、わたしはあまり長いタイトルが好きではありません。

でも、短い言葉でわかりやすいタイトルをつけるのはとても難しいんです。

その点この『百魔の主』は、我ながら完璧だと思っています。

ちゃんと物語を体現していて、かつなんかワクワク感がある。

このタイトルがあったからこそ、今では100万文字を超えるまで物語が書けているといっても過言ではありません。

百魔の主の裏話をしよう【vol.1】のまとめ

さて、そんな感じでいろいろ書いてきたわけですが、疲れて来たのでひとまずこんなところで終わりにします。

雑な終わり方だな!
自分の作品だよ? 語ろうと思えばいくらでも語れるよ? それこそ1冊書けるよ? いいの?
いや、さすがに1冊分は……

というわけで、今回の裏話を要約するとこんな感じ。

今回のまとめ
  • 百魔の主はラベリング理論を知ったのがきっかけ
  • 最初は『英雄魔王』というタイトルだった
「英雄魔王」はもはやタイトルじゃなくて物語の内容を表した仮題。ちなみに当時の記録が『小説家になろう』に残ってる。
マジか!
せっかくだから載せておくよ。
葵大和の執筆中小説画像
なんか魔王連合とか魔神救世主とかもあるぞ。
魔王連合は『百魔の主』のプロトタイプ。実はまったく別の作品。魔神救世主はたぶん「英雄魔王」より先に物語が先行したときの表題。
『百魔の主』にプロトタイプあったのかよ!
そのあたりの話もそのうちするよ。見直してみて見せられそうなものだったらブログでだけ公開するかもしれない。

と、まあそんな感じで、『百魔の主の裏話をしよう。vol.1』はこのあたりまで!

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